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2009-03-16 12:59

科学的研究成果の活用と社会的リスク・マネジメント

池尾 愛子  早稲田大学教授・デューク大学シニア・フェロー
 私のいるノース・カロライナ州は、アメリカの中では不況度はましな方であるとされていたのであるが、それでも街での日常生活のなかに、不況のいっそうの浸透を感じるようになっている。新車を扱うディーラーが集まっている地域に行くたびに、並んでいる新車の数が減少していくことがわかる。在庫調整が急速に進んでいるようで、生産の落ち込みは激しいはずである。先月の経済データでは、南接するサウス・カロライナ州の失業率がアメリカで最高であったと聞いた。同州は、製造業中心から知識産業主軸へと産業構造の転換を図っている途上で不況に襲われたと解説されていた。

 アメリカでは、金融市場への規制に対して、相変わらず、反対意見が多いようだ。昨秋には、民間部門でうまくいかなかったからといって、政府・公的部門が引き受けても、同じ人間がすることなのでうまくいくとは限らない、という反対意見が聞こえてきた。それに対して現時点では、金融工学や経済学分野の科学研究に基づいた商品開発や市場創造が制限されることに対する反発が感じられる。オバマ大統領は3月9日に、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)の研究を推進するために連邦政府助成を解禁する大統領令に署名したが、研究者たちによる活発なロビー活動があったと報道されている。ES細胞は受精卵を材料にして作られ、さまざまな臓器の細胞に変化する幹となる細胞なので、ブッシュ前共和党政権のもとでは生命倫理の観点から極端に規制されていた。民主党政権下になって、科学研究振興およびその成果の社会的活用の推進(規制反対)、というロジックが前面に出てくるようになったといえるだろう。

 アメリカで研究生活を始めてから約1年になる。社会科学や思想、歴史の分野では、(歴史的)優位性を主張するヨーロッパの研究者たちとの厳しい緊張・対抗関係が長年続いていることが感じられる。20世紀前半の優生学研究や進歩運動、後半の自由主義思想(リバタリアン)擁護の歴史的研究が過去10年くらい流行していたようで、今年から来年にかけて、現代アメリカの形成に寄与した思想についての研究成果として一斉に出てくると思われる。これらと並行して、「科学研究がアメリカの活力の源であり、先端研究こそがアメリカを支えていくのである」といった意識が、自然科学分野はもちろん、社会科学分野でも共有されているといってよい。もちろん、自由な研究環境は様々な地域から研究者を惹きつける魅力になっている。

 現下の金融危機の処理は、うまくいっているとは言い難い。テレビ報道を見る限り、政府側が規制することに慣れていない一方で、金融機関側も規制されることに慣れていないように映る。ベイルアウトで緊急融資を受けた金融機関の幹部が大型ボーナスを受け取っていることは、納税者の反感を買っている。前政権時から在任しているバーナンキ連邦準備制度(FED)議長が困難な状況をしばしば説明しているのが目につく。こうした状況では、中長期的な制度改革の視野のもとで適切な規制を導入するためには「外圧」が必要であり、そして規制の実施には外部からの助言が必要であるといえるかもしれない。ES細胞研究でも、金融市場でも、社会的リスク・マネジメントの観点から、必要な規制を導入し、実施していくことが望まれるであろう。サブプライム・ローンによる住宅融資の焦付き・差押え問題は、リスクをとってはいけない人たちに、リスクをとるような融資を受けるように誘導したのが失敗の原因だった、と整理されている。科学的成果の活用に際しては、起こりうる社会的リスクを洗い出し、適切に管理・規制していくことが望まれるであろう。
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