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2009-03-24 08:32

(連載)世界の民主化について考える(2)

矢野 卓也  日本国際フォーラム研究員
 「北京コンセンサス(the Beijing Consensus)」などという言葉もある。いうまでもなく「ワシントン・コンセンサス」を裏返しにしたものである。国家主導の権威主義的な発展モデルを指し示す概念であるが、途上国の政策を理論的に方向づけるよりは、権威主義国家にとって、現状の単なる「免罪符」として働く可能性が大きい。この言葉によって「免罪」されたがるような国々は世界中に数多く存在するから、「需要」もそれなりにある。なにしろ「現状」を楯にとっており、それなりの説得力がある。だから、この手の議論は、今後とも一定の影響力を持つと考えられよう。

 しかし、このような「裏返し」論は、「あれかこれか」といった単純な二者択一を招きやすいし、また、「裏返し」ゆえに議論そのものの詰めが甘いといった限界をもつ。そして、なによりも「現状」の扱い方がずさんである。かつて、ソ連が世界大恐慌の影響も受けず、着実に経済発展を進めたことで、共産主義は資本主義より優れているのではないかといった議論が出たように、短期的な「現状」に目がくらんだ近視眼的な評価がいかに頼りにならないか、は歴史が証明している。中長期的にみて、どのような体制が人々にとって望ましいかを考えるのが筋であって、歴史の淘汰に耐えない性急な判断は下すべきではない。

 では、われわれは、どうするべきか。フクヤマのような議論に立ち返るべきなのであろうか。必ずしもそうとはかぎらない。私としては、フクヤマ的なリベラル・デモクラシー礼賛よりは、英国のかつての宰相ウィンストン・チャーチルの箴言、すなわち「民主主義は、これまでに試みられてきたそれ以外のあらゆる政治形態を除けば、最悪の政治形態である」という「消極的是認」の立場を取りたい。民主主義という体制を無条件に礼賛はせず、その不完全さを十分認識した上で、ギリギリのところで是認するという立場である。ここには、透徹した諦観がある。しかし、その諦観は、決して脆弱な精神ではない。

 この立場にあっては、あらゆる国が容易に民主化しうると考えることはないし、代替モデルの誘惑を十分理解することもできる。にもかかわらず、民主主義の比較優位性を譲ることは決してない、というところがみそである。譲るべきは譲るという臨機応変さと、絶対に譲れない原則とを併せ持つ立場である。また、忍耐強さと機敏さをもって、柔軟に立ち回る立場でもある。理想主義者にありがちな、ひとたび壁に突き当たって、匙を投げるということもない。いやはや、これは「外交(diplomacy)」のイロハを語っているに等しい。それもそのはずではないだろうか。「世界の民主化」という戦略は、外交と同様、微妙な技(art)を要するのである。(おわり)
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