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2024-09-13 13:59
国際政経懇話会談話:世界と日本の食料安全保障を考える
本間 正義
アジア成長研究所特別教授・東京大学名誉教授
(1)分断の時代に突入する世界
近年、国際政治の分断傾向が本格化し、米中対立の先鋭化、新型コロナなどによって国際相互依存関係は深刻な分断の危機に直面している。また最近では、ロシアのウクライナ侵略をはじめ、イスラエル・パレスチナ紛争や中国・台湾問題、さらには各地域で発生している紛争の多くが、いわゆる「大国の代理戦争」の形で展開されている点などは、分断をより加速させ、事態を一層複雑化させている。他方、農産物やエネルギーの貿易の世界的な縮小や、安全保障強化への意識の高まりによる軍事費の増加傾向、あるいは地球温暖化への国際的な取り組みの行き詰まりなどは、2020年頃から続くグローバル化の停滞を招いた。食料を海外からの輸入に頼っている日本としては、世界で起きる様々な出来事の影響を受けやすく、今こそ、日本として食料危機に対する備え、つまり食料の安全保障と食料自給率のあり方等を踏まえた食料の総合安全保障のあり方について検討することは喫緊の課題である。
(2)世界の穀物・肥料市場の現状
小麦やトウモロコシ、大豆などの穀物の輸出に関して、近年はロシアやEU、ブラジルによる輸出が増加している。特にロシアについては、小麦をグローバル・サウスと呼ばれる新興国・途上国に対して多く輸出することで彼らとの関係を築いているという現状がある。また、ロシアのウクライナ侵略によって2022年から23年にかけて、植物油の食料価格指数は一時跳ね上がった。人口増加の観点から見れば、人口増加に対する世界全体の食料供給量は不足しているわけではないが、途上国への安定的な分配に関しては懸念が残る。グローバル・サウスにおいては、人口増加と経済の発展によって、今後、食料の需要が穀物から畜産物へと変化していくことが見込まれる中で、需要形態の変化に世界の供給体制が追いついていくことも課題として挙げられる。
(3)食料の安全保障とは何か
国連食糧農業機関(FAO)が定義する「食料の安全保障」とは、「すべての人々が常に活動的かつ健康的な生活のために必要な食事と食料の選好に見合う十分な量の安全かつ栄養価の高い食料に、物理的、社会的かつ経済的なアクセスをもつ状態」のことを指す。より具体的に言えば、まず①「食料の存在」(国内生産、輸入、備蓄による安全で栄養価のある十分な量の食料の存在)、次に②「安定した供給」(すべての人々にいつもどこへでも安定して食料を供給できること)、そして③「食料へのアクセス」(食料を入手するのに必要な経済的資源(所得)を持ち、物理的に食料の供給にアクセスできること)、最後に④「食料の摂取」(栄養素のバランスが適切で、衛生上安心できる環境で十分な水分とともにとれる食事)という四段階によって構成される。特に摂取においては、体内で栄養として取り込まれる食料が、その栄養価を十分に発揮するために、健康でかつ衛生環境が整っていなければならない。
栄養不足人口(食料消費水準が、体重を維持し軽い運動を支えるのに必要な最低水準(境界値)以下とされる人口)は、2000年以降全体として減少を続けてきたが、2020年からは断続的な増加に転じており、特にサブサハラ地域と南アジアにおける栄養不足人口の割合の大きさはそれぞれ2割と1.5割を超えるなど顕著である。これら増加の背景には、新型コロナウイルスやロシアのウクライナ侵略による地政学的な不安定さによるものと考えられる。いずれにせよ、これら政治的な諸課題への対応を喫緊の課題として進めていくことも食料問題の解決に対して大いなるインパクトをもつ。
(4)日本の食料安全保障を考える
食料の手ごろな価格、入手可能性、品質と安全性、また持続可能性と適応という四つの観点から評価された「食料安全保障指数」(Global Food Security Index)では、2022年に日本は世界で6位であり、平時であった過去10年間を通して安定的に指数を保っていることがわかる。その一方で、上記の四つの観点による評価は有事の際における食料の安全保障を示すことには適していない。そのため、今後、危機対策について日本は検討を進める必要性がある。
以下、食料供給に影響を与えうる各種危機への対応策を示したい。
まずは自然災害や海上封鎖による輸送途絶による「偶発的危機」や、気候変動や豊凶変動による「循環的危機」に対しては、備蓄や国内配給体制、対外的な援助体制の整備によって対策が可能である。次に、人口成長や資源制約による「マルサス的危機」については、約20年に一度起こるとされており、理論上は他地域の人口増加等によって市場の需要と供給が補い合うことで乗り切れるが、正当に配分がなされるよう枠組みを整備することが課題である。米国の大豆禁輸&対ソ穀物禁輸措置といった「政治的危機」に対しては、今後WTOの協定によって禁輸措置への容認を廃止する必要性があると考える。最後に、宗教、政治、民族等による分断による「世界分断危機」に対しては、有事を想定した食料供給と流通の計画と法制化が有効である。
そこで、以下では日本の有事の際の対応に関して現段階での計画と問題点を明らかにしたい。
現在の日本の平時の食料安全保障は、改正食料・農業・農村基本法によって、国内生産の増大と輸入、および備蓄の組み合わせによって安定的な供給を確保するとしている。この改正法と同時期に食料供給困難事態対策法が制定され、これにより有事の際に政府が対策本部を立ち上げ、国民にとって重要となる食料や必要物資を指定し、食料供給が大きく不足する場合生産者に対して増産を求めることを可能としている。しかし、私は平時でさえ日本の農地は有効に活用されていない現状に問題意識を抱えており、有事への備えにつなげるためには農地制度の抜本的改革が不可欠であると考える。現行法での対策による食料の供給者への指示を可能にする体制は、産業の中でも農業セクター内のみで食料供給問題を乗り切れられることを念頭に置いた計画であり、例えば生産者がエネルギー供給などの滞りによって割り当てられた作物を育てられない事態などに十分な対応ができるとは言い難い。よって、現行法では有事に生産活動を続けられるか否かの実践性に不十分さが残されている。
これらの現状の課題を踏まえて、今後の日本の食料安全保障のためには、生産、輸入、および備蓄のそれぞれに確固たる政策が確立され、有事の際には農業政策を超えて、有事法制の中で食料供給が総合的に設計されるべきであろう。また中・長期的には、輸入国の多元化かつ輸出先国との友好関係の保持を通して、食料の流通インフラを整備することや、家庭内備蓄の強化を促すことが有事の際の備えにつながると考える。
(5)国の安全保障と食料の安全保障
各国の食料安全保障への取り組みの姿勢は、国際関係論における枠組みと同等の分類法から考えることができる。グローバル・サウスの国々の中でも成長著しいアフリカでは、ロシアやウクライナが食料を輸出し囲い込むことで食料供給ラインに関して欧米から一線を画され、食料安全保障の不安定さが懸念される。日本の食糧安全保障はリスクに応じた国内対策、安全的貿易体制、および世界の飢餓撲滅の三要素で構成されるべきであり、グローバル・サウス諸国の食料安全保障強化のための協力も欠かせない。これらをふまえて日本と世界全体の食料安全保障のためには、既述の国内対策の見直しに加えて、国連機関による改革や、立場を明確にした外交でのリーダーシップを実現させることが今後の課題である。
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