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2024-10-17 18:13
‘銃刀法’になれない核兵器禁止条約-成立要件の欠如
倉西 雅子
政治学者
力には破壊力と抑止力との二面性がありますので、常々、武器類の禁止をめぐっては議論が起きます。アメリカにあって、無辜の市民が犠牲となる痛ましい銃事件が度々発生しても、銃禁止一色に世論が傾かない背景には、銃なくして自らの身を守ることができない現実があります。銃を保持していれば、銃撃された時には応戦することができますし、銃を見せて‘動くな’と叫べば、相手に犯行を断念させることもできます。この場合、誰も、護身や犯罪の抑止のために銃を所持している人を、道徳的に批判したり、重大な罪として責めたりはしません。犯罪者側にも、自らが銃を使って犯罪を犯せば銃によって反撃されるリスクがありますので、犯罪を自制する強い抑止力ともなるのです。とりわけ、アメリカのように広大な土地に人々が離れ住み、凶悪な事件が起きても警察官が直ぐには駆けつけてくれないような社会では、銃規制は格段に難しくなるのです。
その一方で、銃規制が一向に進まないアメリカの現状を、日本国の「銃刀法(銃砲刀剣類所持等取締法)」を引き合いに出して批判する声もあります。日本国では銃の所持が厳格に管理されており、それ故に、一般市民が銃撃される心配のない安全な社会であるとして。日本国に比べれば、銃を取り締まることもできないアメリカは、文明国にはあるまじき未だに暴力が支配する野蛮な国と見なされることとなります。銃に対する正反対とも言える日米両国の対応を見比べますと、一見、銃刀法を制定して銃を規制している日本国の方が、倫理的に一歩先んじた社会のように見えます。しかしながら、‘罪なき者の命を守る’という基本的な社会正義に照らしますと、‘アメリカは日本国に見習うべき’とは、一概には言えないように思えます。何故ならば、‘銃なき社会’には、それが成立する環境や成立要件があるからです。これらを欠く場合には、むしろ、銃規制によって一般の人々の命が危険に晒されることにもなりかねないのです。
銃刀法、あるいは、銃禁止法の成立に必要となる最低限の要件としては、(1)物理的な力における警察>犯罪者or犯罪組織、(2)警察組織の高い対犯罪即応力、(3)不法な銃保持者の取締の徹底、(4)司法制度の完備(力による解決の禁止)、(5)禁止法が全ての人に一般適用される・・・などを挙げることができましょう。これらの要件を備えてこそ、犯罪者による銃の使用を凡そ完全に封じることが出来るからです。そして、逆に、これらの要件が揃わないにも拘わらず、‘銃なき社会’の理想を掲げて銃を禁止しますと、一般の人々は、自らの身を守ることもできず、銃の抑止力も失われてしまうという、望ましくない結果を招きかねません。つまり、犯罪者が有利な環境が出現してしまい、‘罪なき者の命を守る’こともできず、社会正義が実現しないのです。それでは、国際社会はどうでしょうか。非人道的な大量破壊兵器である核兵器は、まさしく一般社会の銃のような立場にあります。水爆も開発されている今日では、核分裂による凄まじい破壊力は、多くの無辜の人々の命を無残にも奪い、瞬時に都市を焼き尽くしかねないのですから。このため、‘核なき世界’が人類の理想として掲げられ、NPTや核兵器禁止条約も、脅威の除去という文脈にあって成立したのです。しかしながら、上述した銃規制のケースのように、成立要件を欠く場合には、逆に危険性が増してしまうという問題が生じます。
上述した銃禁止の成立要件に照らしましても、今日の国際社会が、これらの要件を十分に満たしているとは言えません。アメリカは、既に‘世界の警察官’の立場を放棄していますし、ロシアや中国と言った核保有国に警察官の役割を期待する国は存在しないことでしょう。北朝鮮に至っては、暴力主義を行動原理とする犯罪国家と言っても過言ではありません。その一方で、紛争等を平和的に解決するための司法制度は未整備な状態にあり、いわば無法地帯に近いわけですから、抑止目的に限定されたものであっても核兵器の保有禁止は、核を持たない国にとりましては極めて酷な要求なのです。しかも、既に核を保有している諸国が同条約に加わるはずもなく、善意の加盟国が増加するにつれて核保有国による核の独占が強化されてしまうという由々しき結果をも招いているのです。何ごとも、形のみで理想を整えても、実質が伴っていなければ、メリットよりもデメリットの方が大きくなるものです。‘核なき世界’の理想をその保持の禁止をもって追求するならば、先ずもってこれらの成立要件を充たすことができるのか、考えてみる必要がありましょう。そして、それが不可能であるならば、少なくともテクノロジーによって核兵器が無力化されるまでの間は、各国に相互抑止力としての核保有を認めという選択肢もあって然るべきと思うのです。
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