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2025-07-28 12:54
国際政経懇話会談:トランプ政権と中国外交
劉 傑
早稲田大学社会科学総合学術院教授
(1) 米中貿易戦争と米国の対中戦略
2025年4月以降、米中両国は相互に報復関税を応酬し、経済的対立は過熱の一途をたどった。もっとも、ジュネーブでの米中共同声明やロンドンでの通商協議を経て、一部関税が撤廃され、限定的ながら緊張緩和の兆しも見え始めた。中国側はこれを「意見の相違を解決した重要な一歩」と評価し、対話路線への転換を歓迎する姿勢を示した。一方、米国の対中政策は、通商上の利害対立を超えて、中国の制度的・地政学的台頭に対する警戒心を戦略的中核に据えている。元商務長官ウィルバー・ロスは「トランプ政権は中国を孤立させる包囲網を構築している」と述べ、対中政策が経済摩擦の範疇を超えたものであることを明言した。また、スコット・ベッセント財務長官は一貫して対中強硬姿勢を堅持し、副大統領J・D・バンスも、グローバル化による技術流出と国内製造業の空洞化に対する警鐘を鳴らしている。これら一連の言動は、米国内で超党派的に共有される「対中懐疑」の延長線上に位置づけられる。
(2)中国の大国外交と周辺外交
習近平政権は早期から、対米関係の緊張長期化に備えた体制整備を進めていた。国家安全を政策軸とする体制下、「中国製造2025」構想、反スパイ法・国家安全法の制定といった制度的布石が打たれ、国家主導型の成長と安全保障の両立が図られてきた。対米圧力の高まりを受け、中国は「双循環戦略」を掲げ、内需拡大と外需調整を両輪とする体制へと転換した。これは、サプライチェーンの国産化、ロシア・欧州との関係強化、グローバルサウスにおけるプレゼンス拡大といった戦略的行動に具体化されている。また、「東昇西降」(中国の台頭と米国の相対的衰退)というナラティブを内外に発信し、米中の力の転換を前提とする外交論理を構築している。2025年に開催された「中央周辺工作会議」では、政治局常務委員が総出席し、「周辺運命共同体」の理念が打ち出された。この方針は、東アジア、中央アジア、ASEAN諸国との連携強化を意図するものであり、米中対立の地政学的包囲を地域外交で解消しようとする中国の対外戦略を象徴する。
(3)米中対立における中国の立場の表明と認識
中国国務院が発表した白書『中米経済・貿易関係に関する若干の問題についての中国側の立場』は、米中経済関係が本来的に「相互利益」をもたらすものであると主張しつつ、第一段階合意を誠実に履行しているのは中国であると自らを正当化している。同時に、米国が「保護主義的な一方的行動」を取っていると批判し、平等かつ公正な対話の必要性を強調している。このような主張の背後には、習近平体制下の中国における世界観・自己認識・秩序構想の再構築がある。自己認識の面では、中国は自国の技術力・資金力に対する過信と、「文明古国」としての歴史的自負、「被害者」ナラティブに基づく国際的正統性主張を組み合わせている。世界観の面では、米国主導のリベラル国際秩序に対し、経済的利益と制度的代替を提供する「一帯一路」構想を通じて、新たな多極的秩序の形成を企図している。体制輸出をともなうこの構想は、社会主義的市場経済モデルの正当性をグローバルに主張する試みともいえよう。
(4)中国国内の知識人の現状
近年の中国では、知識人による公的言論の発信は減少傾向にあるが、国家機関による研究論文や新聞論説の中に、その思考様式を読み解くヒントが残されている。国家安全部が発表したある論文では、漢王朝の興亡を事例に、「農業重視」「民衆への権限委譲」が繁栄を生み出した一方で、「経済と安全保障の不均衡」が崩壊を招いたとの歴史的考察が示された。そして同論文は、「経済の安全こそ国家安全の根幹」と結論づけており、現代中国政策に対する間接的批判とも解釈される。このように、党・政府の公式立場だけでは捉えきれない社会内部の言説空間を掘り下げることは、今後の中国研究において不可欠である。とりわけ、新左派、国家主義派、自由主義派など知識人層の分化と検閲環境下での表現戦略の分析は、中国の内在的変容を理解する上で重要な視座を提供する。
(5)日中関係の変質と今後の課題
かつての日中関係は、政財界を中心とした個人的ネットワークによって支えられてきたが、現在ではそうした「人脈依存型」の外交は後退しつつある。代わって、両国の国益を基軸とした現実主義的な「戦略的互恵関係」への移行が進行中である。今後、日中関係は、経済安全保障、サプライチェーンの安定、気候変動、第三国協力といった多層的課題をめぐり、「競争と共存」が交錯する複雑な局面へと移行するだろう。人脈に依存しない新たな外交の枠組みと信頼構築の仕組みが求められており、政策実務においても、現場レベルでの対話チャネルの再構築が急務といえよう。
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