外交円卓懇談会

第103回外交円卓懇談会メモ
「中国の『新安全観』外交について」(メモ)

2014年7月11日
グローバル・フォーラム
公益財団法人日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局

  グローバル・フォーラム等3団体の共催する第103回外交円卓懇談会は、ベイツ・ギル/シドニー大学アメリカ研究センター長(前ストックホルム国際平和問題研究所所長)を講師に迎え、「中国の『新安全観』外交について」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2014年7月11日(金)15時00分より16時30分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「中国の『新安全観』外交について」
4.報告者:ベイツ・ギル/シドニー大学アメリカ研究センター長(前ストックホルム国際平和問題研究所所長)
5.出席者:21名

6.報告者講話概要

 ベイツ・ギル/シドニー大学アメリカ研究センター長(前ストックホルム国際平和問題研究所所長)の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

中国を巡る変化

 この数年の変化として4点が挙げられる。一つ目は中国の相対的なパワーである。中国のPPP計算による経済力は今後一年程で米国の経済力を追い抜く程に増大し、防衛費は2000年(370億ドル)から2013年(1710億ドル)で約5倍に増加し、先進ミサイル、核兵器、通常兵器による実際の軍事能力も増大している。中国の軍事力は、当座の安全保障のパラメーターを形作り、ベトナムやフィリピンなどの小国に対する影響力を持てるようになってきている。二つ目は米国のパワーの制約である。米国国防総省は今後も年5000-6000億ドルを支出するだろうが、2020年にはその20%が現役・退役軍人の人件費と医療費に充てられるようになる。世界金融危機とそれ以来の不況も重大な制約であり、所謂オバマ・ドクトリンによって、米国は軍事行動に慎重になっていく。米国内の雰囲気も孤立主義的になってきており、例えば米国外交問題評議会(CFR)会長のRichard N. HaasなどはForeign Policy Begins at Home: The Case for Putting America’s House in Order(New York: Basic Books, 2013)で、米国は国内の経済・社会的課題の解決に革新、企業家精神、ノウハウを集中することで、強い国家になると述べている。米国は軍事面を含めて海外でのパワーの展開において積極性を減らすであろう。三つ目は中国の強引な(assertive)対外政策である。中国は、増大する自国のパワーが国益に反して周辺国の懸念と反発を招くことを自覚して「平和的台頭」を掲げていたが、今日中国と2000年当時より良い関係にある国は皆無である。四つ目は米国によるアジア・太平洋地域へのリバランスである。これは、米国はこの地域を注視し、戦略的資源を一層投入するという真剣な努力であり、中国の台頭と地域の不安定化という戦略的現実を反映したものである。米国の繁栄と安全はこの地域で何が起こるかに依っている。米国はこの地域、就中同盟国と友好国へのより深い関与を続けなければならない。

中国にとって変らない制約要因

 他方で相変わらずの制約もある。一つ目は中国の地理である。中国は約20の国・地域と水陸で接し、その中には中国との領土問題を抱える国も、核保有国もある。また、GDPの55%を占める10の省が東岸に集中していることもあり、中国は外部からの圧力・攻撃および東シナ海の物流の途絶に対して極めて脆弱である。二つ目は国内の課題である。ストライキや抗議活動、特に南部・西部での政治的動機に基づいた暴力やテロに改善の兆しはない。不平等、腐敗、環境の悪化、高齢化社会といった問題が、国のリーダーたちの頭を占めている。中国の強引な外交はナショナリズムをかき立てて国内の問題を発散させるためのものだが、これは危険(リスキー)なゲームである。三つ目は、中国が現在も「平和的台頭」に腐心していることである。習近平国家主席の「新型大国関係」がその最新版にあたるだろうが、過去の rising power であったプロイセン・ドイツ、大日本帝国、ソ連の轍を踏まずに rising power として変革期を通り抜ける必要性を認識している。しかし、中国は自国の経済力や軍事力を、影響力、他国の安心感、長期的パートナーとして信頼されるための地域的枠組みなどに変換できていない。中国は lead and reassure する外交的能力に大きな制約がある。これは深刻な外交的制約であり、中国に対抗する様々な連合が生まれる可能性が高い。

中国の「『新安全観』外交」のパラドックス

 中国は国内外の不確実性を代償に力をつけてきた。「『新安全観』外交」は中国を強力にはしたが、安全にしただろうか。自分が中国の将来に関して慎重に楽観している(cautiously optimistic)のは、中国のリーダーたちが国内問題を懸念し、国民の生活のためには比較的安定した国外環境が必要であると感じているからである。
 ただし、将来への懸念の兆しも見られる。一つ目は中国国内のナショナリズム、自信である。「台頭する国家は台頭する国家らしく行動しなければならない」などという考えは不安定になりうる。中国のリーダーたちが自らの政治的地位のために故意にナショナリズムをかき立てるのは危険である。我々はその源を理解し、危険な方向から逸らさなければならない。二つ目は偶発的事故である。中国がより頻繁に軍隊あるいはそれに準ずる部隊を紛争地域に展開すれば、様々な事件が起きる。各国の軍隊を巻き込めば、事態は制御不能になり、戦争にも突入しかねない。三つ目は現在の日中関係の状態である。中国は周辺国との関係改善という戦略の中で、特に日本を狙って米韓から孤立させることを重視している。日本を孤立させることは、米国の意思と東アジアでのプレゼンスを弱める間接的な方法だと考えている。これは今に始まったことではないが、中国は、日本に対する疑念の種を米韓のリーダーたちに植え付け、アジア・太平洋諸国に対しては太平洋戦争の歴史を思い出させている。この中国の政策は各国の行動の悪循環を引き起こし、地域を不安定化させる危険な政策である。

(文責、在事務局)