外交円卓懇談会

第127回外交円卓懇談会
「2016年米大統領選挙と日米関係」(メモ)

2016年9月1日
グローバル・フォーラム
公益財団法人日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局

 グローバル・フォーラム等3団体の共催する第127回外交円卓懇談会は、グレン・S・フクシマ(Glen S. Fukushima)米国先端政策研究所上級研究員を講師に迎え、「2016年米大統領選挙と日米関係」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2016年9月1日(木)15時00分より16時30分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「2016年米大統領選挙と日米関係」
4.報告者:グレン・S・フクシマ米国先端政策研究所上級研究員
5.出席者:35名
6.講師講話概要

 グレン・S・フクシマ米国先端政策研究所上級研究員の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

(1)2016年米国大統領選をめぐる3つの想定外

 2016年の米国大統領選が始まってからすでに1年半が経過したが、今般の選挙では、「トランプ現象」、「サンダースの躍進」、「貿易問題の争点化」という3つの想定外が発生している。
 第一に「トランプ現象」である。通例「候補者が少ない」共和党であるが、今回は、当初17人もの候補者を抱えていた。このうちドナルド・トランプ、カーリー・フィオリーナおよびベン・カーソンという、いずれも現職の政治家ではなくワシントンの伝統的な政治に汚染されていないアウトサイダーに人気が集まり、主流派であるジェブ・ブッシュ、クリス・クリスティおよびマルコ・ルビオとの対立の構図が表れた。これは、既存の政治家やワシントンの機能不全に対する強い不満を背景としている。こうした中、当初は指名候補者として残るとは誰も予想していなかったトランプが共和党候補に選ばれるという「トランプ現象」が起こった。この要因には、共和党主流派の内紛、視聴率目当てでトランプ報道を繰り返すマスコミ、そして、米国社会の不満や不安をトランプなら解消してくれるという国民の期待などがある。
 第二に「サンダースの躍進」である。民主党では、当初よりヒラリー・クリントンが圧倒的に優勢だと言われ、実際クリントンが正式指名されたが、予備選挙終盤まで、民主社会主義者であるバーニー・サンダースが有力候補に残るという想定外のサプライズがあった。その背景には、“Yes, We Can”とのフレーズで選挙に勝ったにもかかわらず、就任後、何も実現できなかったオバマ政権への失望感がある中で、サンダースであれば、最低賃金の引き上げ、公立大学無償化など、オバマ政権にできなかった改革も実行できるのではとの期待感が、特に若者の間で高まっていたということがある。冷戦構造の下であれば、サンダースは「社会主義者」というレッテルを貼られ、ここまでの支持は得られなかったであろうが、冷戦構造崩壊後の社会を生きる今の若者には、社会主義者への抵抗がなく、むしろ改革へ期待する向きがあったのだ。また、こうしたサンダース自身のアピールに加え、長くエスタブリッシュメント層に属するクリントンへの疑念が、サンダースをしてその躍進をもたらしたともいえる。ただ、クリントンにとり幸いなのは、トランプもまた好感度が低いという点であるが、いずれにしても、共和党・民主党共に最後に残った候補者が、有権者からみていずれも好感度が低いというのは異例である。
 第三に、貿易問題、とくにTPPが争点化したことである。2015年4月の安倍総理の訪米時には、米国でもTPPに賛成する論調はあったが、この一年余りの間で、労働組合やNGO、NPO、経済学者による批判に加え、トランプ、サンダース両候補がTPPを有害だと批判し続けたこともあり、随分とその論調は変わってきた。TPPに対して、トランプは、外国だけが利益を得て米国は損をするものだという外国批判を、サンダースは、米国企業のCEOが莫大な利益を得て一般国民が損をするものだという企業批判をそれぞれ展開している。最近では、自由貿易推進派のエコノミストですら、過剰な自由貿易の推進を反省する向きがあり、欧州や日本のように、失業保険、再就職支援などのセーフティーネットをつくるべきだとの議論もある。こうした中、TPP支持者は、11月の大統領選挙後から17年1月20日の新政権発足前のレームダック・セッションでの批准を期待しているが、それには大統領選以外にも、上下両院議会選挙、空席となっている最高裁判所判事の任命など他の政府機能に関する課題も山積している。

(2)次期大統領と日米関係の展望

 オバマ政権下で国務長官を努めていたクリントンが大統領となれば、これまでの日米関係の継続を期待できる。また、国務長官就任後、最初の外遊先として日本を訪れた際には、麻生総理と中曽根外務大臣との会談以外にも、皇后陛下との懇談、北朝鮮による拉致被害者家族との面会なども希望し、対日重視の姿勢を行動で示した。また、クリントンはオバマ政権でアジアへのリバランス政策を打ち出した当事者であり、同政策にあたっての6つの優先課題、すなわち、(イ)二国間関係の強化、(ロ)新興国との関係深化、(ハ)地域枠組みとの協力、(ニ)貿易と投資の促進、(ホ)多国間の安全保障協力、(ヘ)民主主義と人権の促進は、基本的に継続され、日米関係に大きな変化はないと思われる。ただし、中国、北朝鮮との関係では、必ずしもオバマ政権と同じ方向にいくとは限らない。
 一方、トランプが大統領となれば、日米関係の予測は困難となる。これは、トランプの現実性の伴わない発言ゆえである。しかし、「日本は米国の雇用を奪い、為替を操作し、防衛にタダ乗りしている」というトランプの日本観は、80年代の日米貿易摩擦の時代以来一貫している。ただ、現在は批判の対象に中国、韓国なども加えている。さらに、日米のみならず他国との関係に関する発言、例えば「メキシコ移民を遮断する壁を構築する」などについても、その真意を推し量ることは困難である。
 戦後の日米関係史を振り返ると、60年代は民主党ケネディ政権への好感、70年代は共和党ニクソン政権への不満と紆余曲折を経たが、84年の米大統領選挙でレーガンが再選して以降、日本のエスタブリッシュメント層(自民党、財界、官界)は、一貫して民主党よりも共和党の候補が米国大統領となることを望む傾向がある。今般の大統領選でも、日本では当初ジェブ・ブッシュなど共和党主流派に期待している向きがあったが、今となっては、予測不可能なトランプより現政権と継続性のあるクリントンに期待せざるを得ないのではないか。

(3)大統領選と米国の行方

 「トランプ現象」を背景に、世界中では米国への悲観論が渦巻いている。しかし、私は次の6つの展望からむしろ楽観視している。すなわち、(イ)世論調査の結果を複数みても、クリントンが圧勝する、(ロ)クリントンが圧勝すれば、トランプに乗っ取られた共和党が主流派の手に戻り正常化する、(ハ)上院で民主党が過半数をとれば、政策も人事もスムーズになる、(ニ)下院でも同様、民主党が過半数をとれば、政策面などで政権へのサポートが期待される、(ホ)最高裁も民主党寄りになれば政権基盤の強化となる、(ヘ)米国経済の見通しは好調である。すなわち、オバマ大統領就任時10%以上あった失業率が現在は4.9%にまで減少しており、マクロレベルでは危機的状況からの回復は果たされているが、ミクロレベルでは、2008年のリーマン・ショック以前の状態にまでは戻っていないとの不満が残っているところ、クリントンが大統領となれば、インフラ整備やクリーン・エネルギー投資等をつうじての経済成長、雇用創出、競争力強化が図られ、同時にミクロレベルでも格差是正の政策も期待される。1992年の大統領選で、ビル・クリントンは、“It's the economy, stupid”と述べて勝利を収め、クリントン政権時代、米国経済は成長を続け国民意識も改善へと向かったが、当時ファースト・レディとしてホワイトハウスでそのことを学んだヒラリーは、今、自らでその実践をしている。

(文責在事務局)