外交円卓懇談会

第53回外交円卓懇談会
「今次大不況の地政学的意味」(メモ)

 第53回外交円卓懇談会は、エドワード・ルトワック米戦略国際問題研究所主任研究員を報告者に迎え、「今次大不況の地政学的意味」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2009年10月2日(金)午後3時より午後4時30分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「今次大不況の地政学的意味」
4.報告者:エドワード・ルトワック   米戦略国際問題研究所主任研究員
5.出席者:22名

6.報告者講話概要

 エドワード・ルトワック米戦略国際問題研究所主任研究員の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

 国家の興亡の速度は、GDPの上昇や下降に連動するようなものではなく、非常に遅い。第二次大戦後の英仏のように、国家は国力が衰えた後も、大国としての過去の栄光が影響力をもつからである。今次大不況の結果起こりつつあることについても、その認識をもって観察することが大切である。

① 今次大不況の結果、欧州が凋落し、アジア、特に中国が台頭した。ロンドンのG20金融会合での欧州の態度は、「できない」「やりたくない」に終始した。すなわち、今次大不況の唯一の解決策は国際的流動性の不足をどう補うか、という重い経済的負担を伴うものだが、英仏伊は貢献を拒否し、経済力のあるドイツもフリーライドを決め込む始末だった。このため、EUは、戦略・外交上のパワーではなくても、経済的なパワーではあるとみられていたが、いまや経済的にさえも統合されておらず、「一致団結した一つの欧州」などは存在しないことが衆目の一致する所となり、影響力を失った。これに対し、中日韓は危機に直ちに対応し、日中は相当規模の財政支出を行うことさえコミットした。アジア、特に中国が台頭した理由は、人口や経済の規模や成長の速さではなく、彼らが世界的な危機に際し、これを「あなたの危機(You have a crisis.)」ではなく「 我々の危機(We have a crisis.)」として受け止めたこと、危機の原因と責任を米国に求めた欧州とは異なり、危機の原因や責任がどこの国にあるのであれ、それにかかわらず責任を担おうとしたことにある。
② 今次大不況がもたらした第二の変化はBRICsという概念がなくなったことである。ブラジルやインドの経済力は強く、その意味では重要であるが、彼らは「自分たちに危機は全くない」と言っており、自分たちが国際社会に属し、集団的な責任の一端を担っているという意識や、世界のために協調しようという意志が全くないことを露呈した。したがって、今やBRICsはジャーナリストの造語でしかなく、もはや国際的な力としての実態は存在しない。
③ 今次危機を引き起こした責任がある米国は「皆が何もしない」ことを理由に何もしなかったが、基本的な経済要因に鑑みると、今の所その興亡について云々することは過早である。米国には他国とは異なる非常に特殊な経済構造があるからである。普通の国では、大企業が打撃を受けると、その国の経済も打撃を受けるが、米国は全く逆であり、大企業の破綻が技術革新や新規産業をもたらし、経済成長を加速している。たとえば、ATTの破綻がその後のIT革命を招いたようなことで、今度のGMの破綻も新しい成長の契機になるだろう。

今次大不況を離れて米国の興亡についてみると、非常に幸運なことに敵対する軍事帝国ソ連が1991年に平和理に崩壊したことで、米国は突如として一極支配の覇権国となったが、その後の19年間の米国の国家戦略は、誤った地域に焦点を当ててきたため、かかる幸運をうまく活かすことができなかった。ブッシュ大統領(父)以来の米国の歴代大統領が米国の戦略的資源を投入するターゲットとしたのは、ラテン・アメリカでも、ロシアでも、欧州でもなく、イラクやアフガニスタンといった資源もなく、未来もない地域だった。そもそもイラクやアフガンにあるのは治安問題であり、そこでは軍事戦略は機能しないのだ。米国の戦略が焦点を当てるべきだった最も重要なターゲットは中国であったが、米国も、そして米国の同盟国日本も、恐らく中国に関して適切な行動をとっていない。対中関係に関し日米は、もっと協調して、対処する必要がある。中国人には「良い中国人(good Chinese)」と「悪い中国人(bad Chinese)」がおり、日米両国は、前者が適切な行動をとるよう促し、後者が誤った行動をとらないように管理すべきである。良い中国人も悪い中国人も西洋化(Westernization)を目指す点では一致しているが、良い中国人が「平和的台頭(peaceful rise)」を掲げて西洋化を追求するのに対し、悪い中国人は武力政治(Machtpolitik)を掲げて西洋化を追求している。悪い中国人は、2001年の海南島事件のように、外国と事を起こす機会を常に狙っている。日中のは文脈では、悪い中国人は日本と敵対し威嚇しようとするが、良い中国人は「軍備増強や威嚇は経済を悪化させるだけで、何にもならない」と言って協調しようとする。このような良い中国人を支える唯一の方途は日米韓同盟が友好的かつ寛容に中国に接して、「均衡(equilibrium )」を維持することである。中国と戦ったり、威嚇するための敵対的、攻撃的な軍事包囲網を意図している訳ではないので、ここでは「勢力均衡(balance of power)」という言葉は使いたくない。中国との「均衡」を維持するために、米国はイラクやアフガンに戦略上の焦点を当てて派兵するといった愚を改め、新たに中国に焦点を当てるべきである。また、日本の義務は、悪い中国人に「日本は何も決められない弱い国だ」とみられないように、かかる「均衡」を維持するために建設的にパワーを行使して、他国と外交面、防衛面で協調できるような「正常な国(normal country)」になることにある。これまでの日本を「正常でない国だ」と言うのは、国際社会で使われる通常の意味での「外交政策」や「防衛政策」が日本にはなかったからである。 

(文責、在事務局)