外交円卓懇談会

第97回外交円卓懇談会
「アジアの地政学と日本外交」(メモ)

2014年2月6日
グローバル・フォーラム
公益財団法人日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局

 日本国際フォーラム等3団体の共催する第97回外交円卓懇談会は、ビラハリ・カウシカン/シンガポール前外務事務次官・無任所大使を講師に迎え、「アジアの地政学と日本外交」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2014年2月6日(木)午後3時00分より午後4時30分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「アジアの地政学と日本外交」
4.報告者:ビラハリ・カウシカン/シンガポール前外務事務次官・無任所大使
5.出席者:30名

6.報告者講話概要

 ビラハリ・カウシカン/シンガポール前外務事務次官・無任所大使の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

東アジアの現状と今後の見通し

 北東アジアと東南アジアを含む東アジアは、深いトランジションのさなかにある。第二次世界大戦後、東アジアの秩序は米国の軍事的・経済的存在に依拠していたが、今やその時代が終わりに近づいており、次にどうなるかはまだ明らかではない。混沌とした状況が今後数十年続くと思われる。

誰が米国を補完するのか

 国内問題を抱えているとはいえ、米国は軍事面、経済面でも今なお支配的な強国であり、中国は及ばない。しかし過去10年の中東を見ればもはや米国は一国では行動できないことが明らかとなっている。すなわち米国は必要条件ではあるがもはや十分条件ではない。こうした米国を補完する新たな地域のアーキテクチャーが必要だが、ASEANによって主導された、あるいはASEANを中心とした、APEC、APT、EASなどの特定の枠組みはすべて実験である。
 いかなる新しい東アジア地域の構造においても、単独かつ最重要の決定要因となるのは依然として米中関係であることに違いはないであろう。米中関係は東アジア全体のトーンを決める鍵となる。米中関係が安定している時はこの地域は穏やかで、米中関係が下降している時は、この地域は不安定である。米中関係は、かつての米ソ関係と違って深くかつ相互依存した関係となっている。現在の秩序についての中国の見方はかなり不明瞭である。中国は「過去百年の屈辱」とか、戦後世界は米国が作った世界だとか言うが、その世界が中国の台頭を容易ならしめたのである。
 
 中国のいくつかの行動は極めて不明瞭であり、南シナ海や東シナ海では明らかに国際秩序を変えようと試みている。そのこと自体は理解でき、他のどの大国も同じことをするであろう。問題は中国が国際的なルールの中で変えようとするか否かだが、最近の防空識別圏を設定するような行動は大変厄介である。また例えば新たな海南漁業規則は南シナ海で紛争がある水域の大部分に及んでいる。すべての国は自国の領海とEEZでの漁業を規制する権利を有しているが、中国のこうした規制は国内法令を紛争地域で施行しようとの試みである。
 中国はこれまでのところステータス・コーの変更に成功している。尖閣について日本は国境問題はないという立場であることを自分は承知しているが、今や争いがあると皆が知っている。中国はスカボロー礁の現状をすでに変えてしまった。ある中国の高官は、「中国の南シナ海での権利主張は歴史的根拠に基づくもので、その歴史はUNCLOS(国連海洋法条約)より古いのだからUNCLOSは主権を決める唯一の基準ではありえない」と言う。この主張が当該地域に権利を主張している国であれそうでない国であれ地域のすべての国に大きな不安を引き起こしている。中国の長い歴史を考えれば、古代中国は南シナ海において様々なところに名前をつけたことであろう。シンガポールの名前すらつけていた。こうしたこと全てがヘルプフルではない。 
 歴史的に米国は、長い戦争のあとでは内向きになってきたし、今日もそうである。第2期オバマ政権のアジア政策は首尾一貫せず、アジアへのメッセージも一貫性がない。ゆらぎのある内向きなアメリカはアジア地域にとって良いことではない。

中日関係について

 自分(カウシカン次官)が安倍総理の靖国参拝にいささかなりとも批判的であるとすれば、それは歴史問題だからではなく、日本がもっと積極的な地域的役割を担うことや米日同盟でより一層の負担を引き受けるといった、総理が達成したいことを実際に阻害しているからである。靖国参拝は国内政治上の計算によるものだったのかもしれないが。シンガポールもまた、日本による占領統治時代に苦しんだ過去があるので、その限りにおいて首相の靖国参拝について声明を出さざるを得なかった。しかしシンガポールはずっと以前に日本とは未来志向の関係を築いて前進するという決断をしたのである。
 私には尖閣諸島問題に関する決定的な解決策が見当たらない。両者ともある程度の緊張状態をくすぶらせておくことが、政治的利益につながると考えているように見える。皮肉なことに日中とも似たような理由からであり、それは困難な構造改革に対する国内からの支持を強固にするためである。つまり、安倍首相の3本の矢や、中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議で発表された次の段階の改革である。
 日本の積極的な国際活動はオーヴァー・デューであり、歓迎する。我々の経済的未来は中国にリンクしており、安全保障は米日安全保障同盟にリンクしている。

地域アーキテクチャーについて

 経済統合目標の2015年末以降のASEANのシナリオは3つありうる。(イ)西にインド、東に中国という巨象に挟まれたアセアンは、両国に股裂きにあって分裂するか、(ロ)両側から押しつぶされるか、(ハ)統合に成功して両国から利益を得るかである。もちろん第3のシナリオが最善である。このまま統合を進めるには東南アジアは均衡している必要がある。いかなる東南アジアの諸国も、アメリカか中国か、または中国か日本か、のどちらかを選びたいとは思っていない。
 ASEAN主要国のうちのいくつかは、政治システムの組織的変革のさなかにある。タイは政治体制が変わるかもしれず、ミャンマーの動きはいまだ不可逆的にはなっていない、インドネシアはスハルト時代ほど安定はしないであろう。こうしたことがASEANの統合を複雑化している。

 

 

(文責、在事務局)