国際政経懇話会

第208回国際政経懇話会
「欧米・露関係:新冷戦時代は来るか」(メモ)

 第208回国際政経懇話会は、丹波實日本エネルギー経済研究所顧問・元駐ロシア大使を講師に迎え、「欧米・露関係:新冷戦時代は来るか」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2008年10月22日(水)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「欧米・露関係:新冷戦時代は来るか」
4.講 師:丹波 實  日本エネルギー経済研究所顧問・元駐ロシア大使
5.出席者:22名

6.講師講話概要

 丹波實日本エネルギー経済研究所顧問・元駐ロシア大使の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

 プーチン政治の特徴は、2005年の年次教書の「ソ連の崩壊は20世紀最大の地政学的な悲劇であった」という一言に凝縮されている。ロシアには、ロマノフ王朝、ソ連帝国、そしてプーチン帝国という一貫した帝政の歴史があり、93年の東京宣言前文で「全体主義の遺産を克服する」としたエリツィンの時代は歴史上例外である。ロシアには自由や民主主義の伝統はなく、ロシアに民主主義を持ち込むのは幻想にすぎなかった。今のロシアは変わったのではなく、過去1千年歩んできた道への回帰にすぎない。そして、それを大多数のロシア国民が支持している。ロシアの冷戦敗北は、うやむやな形での敗北であり、ロシアの政治経済秩序の不安定化に対して西側は支援を実施したが、それは多くのロシア国民にとって、馴染みのない価値の押しつけや二流国の扱いと受け止められた。さらにNATOの東方拡大などで西側への反発が高まる中で、プーチンが登場した。プーチンは大統領に就任すると、原油価格高騰による外貨準備増大を背景に、旧ソ連のような政策を始めた。ロシアは03年から04年に起こったグルジアのバラ革命とウクライナのオレンジ革命に反発し、両国ともロシアにとって戦略的に重要であるがゆえに、ロシアは対欧米姿勢を急激に硬化させた。
 グルジア紛争には2つの側面がある。第1は地政学的側面である。グルジアは18世紀からロシアに属していた地政学的に重要な国であり、今回の紛争でロシアとグルジアのどちらが先に手を出したか詳細は不明であるが、ロシアが手をこまねいて待っていたのは間違いない。しかし、南オセチア、アブハジアという「独立国」を承認したのは、ニカラグアとソマリアしかいない。第2は資源エネルギー争奪戦の側面である。EUは石油の34%、ガスの42%をロシアに依存しており、一部の国は対露制裁に消極的になっている。欧米がロシア領域を迂回したパイプライン・ルート作りを進める一方、ロシアはそれを阻止しようとしている。EUが対露依存度を低下させると、ロシアは中国などへの対アジア輸出が必要になってくるだろう。さらに、ロシア発祥の地であるウクライナもロシアにとって重要であり、ロシアが表裏からさまざまな圧力や策略をめぐらしていることは、想像に難くない。ウクライナでは親欧米派のユーシチェンコ大統領と親露さを深めるティモシェンコ首相が対立しており、その趨勢もロシアと欧米の関係に大きな影響を及ぼすであろう。
 現在、グルジア紛争に関し、強く反発したイギリス、ポーランド、バルト三国から、ロシアと合弁会社を設立してガス・パイプラインの建設を図るドイツまで、欧州には温度差がある。また、欧米間の亀裂を避けるため、アメリカも本格的な反発はしていない。しかし、ロシアが今のような外交姿勢をとり続けるならば、ロシアと欧米の長期的対立は避けられない。ただし、これはイデオロギー対立ではないため、「新冷戦」と呼ぶかどうかはレトリックの問題である。また、ロシアの株価が5月に比べて70%も下落していることからも明らかなように、ロシアは長期戦に耐えることはできない。欧米・露関係が「熱戦」に発展することはないが、12月にNATOがグルジアとウクライナの加盟を認めれば、その対立は決定的となろう。

(文責、在事務局)