国際政経懇話会

第211回国際政経懇話会
「今後の世界経済の展望」(メモ)

 第211回国際政経懇話会は、伊藤元重東京大学大学院経済学研究科長を講師に迎え、「今後の世界経済の展望」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2009年2月18日(水)午前8時より午前10時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「今後の世界経済の展望」
4.講 師:伊藤 元重  東京大学大学院経済学研究科長
5.出席者:20名

6.講師講話概要

 伊藤元重東京大学大学院経済学研究科長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

 「百年に一度」と言われる今回の経済危機は、金融問題だけが原因なのではなく、その背後には実体経済の構造変化がある。第一の構造変化としては、世界の所得の7割を占める先進国で少子高齢化に伴う人口ピラミッドの異常が進行していることがある。その結果、世界的な「カネ余り」現象が生じているが、それは需要が不足していることを意味し、世界経済が米国市場への一方的輸出に依存する形になっている。もう一つの構造変化はテクノロジー・ショックである。インパクトのある技術革新が起きると、産業構造や都市環境が大きく変化し、過剰な投資行動を生むが、今回はITがそれに当たる。1990年代にIT技術の革新がブームを引き起こし、2000年のITバブル崩壊でその処理は終わったと思っていたが、今度はITそのものではなく、流通業や金融業といったITユーザーの側でIT革新から派生した大きな変化が生じ、第2次ITバブルが発生した。こうした状況に金融政策や金融規制の問題なども重なって、バブルが進行していった。「山高ければ、谷深し」と言うが、今回の危機は、半年や1年で回復することは困難であろう。ただし、その際、金融セクターに問題があるとは言うものの、資金をいかに活用するか、テクノロジーの恩恵をいかに享受するか、といった点は、引き続き重要であり、今後ともしっかりと対応してゆくことが不可欠である。

 各国の経済情勢を見ると、それぞれの国で異なる事態が発生しているが、いずれの国も最も弱い部分を突かれている。米国では金融商品の複雑な関係を背景にした新型の金融危機が発生しているが、一番打撃を受けているのは消費者であり、彼らは返済困難なモーゲージを抱えて困っている。回復にはまだしばらく時間がかかるだろう。他方、日本では消費者ではなく、これまで円安を背景にして輸出バブルを享受してきた自動車、電機などの製造業が痛んでおり、産業構造に問題を抱えている。欧州は、アイスランド、英国だけでなく、PIGS諸国も含め各国財政が破綻の危機に直面しているが、各国の経済状況が異なる中で欧州中銀一行では対応しきれず、ユーロの運営がなかなかうまくいかず、相当厳しい状況にある。新興国も、これまで続いていた資金流入が逆流し、かなり厳しい状況に置かれている。今後、「二番底」があるかどうかを考える際、象徴的に出てくるのはドル暴落の可能性という問題である。経常収支赤字を均衡させるためにはドルが相当下落しなければならないが、リーマン・ショック以降はむしろドル高が進展している。これは世界で一番安全なお金の行き先は米国だということだろうが、このままの水準でいくかどうかマーケットは迷っている。ただし、米国は全世界のベスト・アンド・ブライテストの人材を引き付けており、そうした米国の潜在力を考えると、ドルのリスクを強調する議論は行き過ぎているように思う。少なくとも今ドルが下落すれば、損をするのは中国、日本などであり、米国はドル安でむしろ輸出競争力が増す。

 日本経済は円安バブルを享受してきたが、超円安の解消は不可避である。少なくとも今の日本は円高ではない。日本の製造業は、利益率の低い過当競争状態にあるが、これが可能だったのは円安のためだ。統合・再編を進め、海外に進出していく必要がある。日本には老後の不安のために100~150兆円のお金が余分に貯めこまれている。それを活用して、少子高齢化の中で国内需要をどう作っていくかを考える必要がある。小泉改革批判が盛んだが、既得権者が不況を担保に改革を拒否する議論となっており、50年前に先祖返りした議論だ。市場任せでは新しい需要は出てこない。新しいリーディング・インダストリーをどう育ててゆくかを考える必要がある。医療、介護、育児、環境、食料などの分野に可能性がある。その際、鍵となるのは消費税である。「税率を引き上げれば、消費が減る」という議論ばかりがなされているが、それを安心・安全の社会を構築するために使えば、需要増加や新産業育成につなげることができる。消費税論議は日本の持っているお金をどう使うかを考える大きなチャンスである。雇用問題や高齢者医療制度、地方再生などにしても、既得権益にとらわれない議論が必要である。

(文責、在事務局)