国際政経懇話会

第226回国際政経懇話会
「赤十字と人道外交」(メモ)

 第226回国際政経懇話会は、近衞忠煇日本赤十字・赤新月社連盟会長・日本赤十字社社長を講師に迎え、「赤十字と人道外交」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2010年7月27日(火)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「赤十字と人道外交」
4.講 師:近衞 忠煇 日本赤十字・赤新月社連盟会長・日本赤十字社社長
5.出席者:22名

6.講師講話概要

 近衞忠煇日本赤十字・赤新月社連盟会長・日本赤十字社社長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

赤十字の生い立ち

 赤十字の活動は、スイスの実業家アンリー・デュナンが、イタリア統一戦争の過程における激戦に遭遇した経験をきっかけに、(1)戦傷病兵の敵味方の区別ない救護、(2)そのためのボランティア救護組織の整備、(3)それらの組織が中立の立場で活動することを保証する国際的取決め、の3点の必要性を提唱したことに端を発する。デュナンの思想は、近代看護学を確立し、軍の衛生部隊のさきがけを作ったF.ナイチンゲールの参加等を通じて、1863年にジュネーブで組織された「五人委員会」や1864年に締結された赤十字条約つまりジュネーブ条約に結実した。デュナンの先見性は、それまで為政者や軍の指導者の恣意や裁量に委ねられていた敵の兵士、捕虜、住民への人道的対応を、普遍的なルールにしたことにある。

国際赤十字とは何か

 いわゆる「国際赤十字」とは、(1)赤十字国際委員会(ICRC)、(2)各国赤十字社および赤新月社(イスラム圏での呼称)、(3)国際赤十字・赤新月社連盟(IFRC)の総称である。(1)は、ジュネーブ条約の発展・普及・遵守の確保、紛争犠牲者の救援と保護、紛争被害者の安否調査等の活動を行い、(2)は、ジュネーブ条約締約国内において、人道分野における政府の補助機関として国際赤十字規約や国際人道法(IHL)に基づく平時の救護活動等に従事しており、(3)は、(2)の平時の活動を、推進し調整する他、災害救援の国際的な調整機関として活動している。日本赤十字社は、1877年に設立された博愛社を前身とし、1890年ジュネーブ条約に加入するとともに、日本赤十字社と改称され、第二次大戦後は、国交の途絶えた国との間での人道問題解決に従事する他、国内国外の災害救護、医療事業、福祉事業、看護師養成、血液事業等に従事している。

人道的支援の現状と課題

 赤十字が従事する人道支援活動は、戦争犠牲者の救済を目的とするジュネーブ条約と戦争の手段を規制するハーグ条約が融合された国際人道法(IHL)を根拠としている。IHLは、戦争という極限状況でも守られるべき最低限度の人道的ルールと定義されるが、近年の紛争当事者の多様化にともない、現行IHLの有効性を疑問視する指摘にどう応えるかが課題である。また、赤十字はその活動の7原則として「人道、公平、中立、独立、奉仕、単一、世界性」を掲げているが、冷戦による中立性確保の困難、社会主義国家における独立性確保の困難、分裂国家における単一性確保の困難等、同7原則の適用が貫徹されているとは言い難い面もある。他方、近年、人道的支援のより迅速、効率的、効果的な実施と、より高い透明性、説明義務が求められるようになる中、国際赤十字を中心とした4つのセクター(給水と衛生、食糧と栄養、シェルター、保健医療)の最低基準の設定、国際人道法・難民条約・世界人権宣言を根拠にした「人道憲章」の採択、国連、EU等における人道支援の際の「人道」「中立」「公平」「独立」の原則の徹底化の動きが見られる。もっとも、人道支援の原則について、国際社会で合意がみられる反面、国際救援に関わる国際法や基準に整合性がないこと、国内法と国際基準との調和が欠けること、救援や復興支援への法的障壁が残っていること等の問題点が指摘されているが、その対策として、国際災害対策法(IDRL)と呼ばれる国際救援活動のためのガイドラインが赤十字国際会議で採択された。しかし、人権の基本的理解の相違により援助を受け入れない国があること、人道支援がときに軍事行動と一体化することで攻撃対象となる事態が生じていること、人道支援が時々の国民的関心、感情、国策に左右され、「公平」「中立」「独立」等の原則を守ることが難しいことなどが、依然課題として残されている。我が国の人道支援の問題点としては、(1)国際的な原則やルール作りへの不干渉、無関心、(2)国際人道法を含む人道的原則やルール普及の努力が欠如していること、(3)人道的関心の片寄り、同情の質と量への反映、(4)政府主導でNGOが育たず、ソフトパワーが強まらないこと、(5)人道を外交の具にしていること、(6)自己完結的で国際的な認知、評価になじまないこと、(7)費用対効果の認識が弱いこと、(8)Human Securityのイニシアチブは評価できるが、浸透度は未だ足りず、官民協力が不十分なこと、などが挙げられる。

(文責、在事務局)