国際政経懇話会

第235回国際政経懇話会
「アジアの発展、人口減少・少子高齢化の進展と日本経済の活路」(メモ)

 第235回国際政経懇話会は、北畑隆生元経済産業事務次官を講師に迎え、「アジアの発展、人口減少・少子高齢化の進展と日本経済の活路」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2011年6月30日(木)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「アジアの発展、人口減少・少子高齢化の進展と日本経済の活路」
4.講 師:北畑隆生 元経済産業事務次官
5.出席者:18名

6.講師講話概要

 北畑隆生元経済産業事務次官の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

低成長の日本経済とアジアの経済発展

 昨年日本はGDP総額で中国に抜かれたが、日本は1人当たりGDPでも、韓国の猛追を受け、その上米国との差はむしろ拡大している。リーマン・ショック以前の5年間(2004~2008年)のGDP成長率を見ると、日本の成長率は年平均1.6%であるのに対して、米国、EUは2.4%と、日本の5割増しの数字になっている。より際立つのはアジア諸国との差であり、中成長国とみなされる台湾・韓国・タイ・インドネシアの4.2~5.7%、高成長国とみなされる中国・ベトナム・インドの7.8~10.8%と比べて、その差は画然としている。このように日本が低成長である一方で、なぜアジアでは次々に高度成長の国が現れるのか。一番分かりやすいのが「人口ボーナス」による説明である。「人口ボーナス」とは、15~64歳の生産年齢人口が総人口に占める比率の伸びが、経済発展を後押しする作用を指す。人口統計学によれば、日本の人口ボーナスは1950~1990年の40年間であり、アジア諸国で最も早く出現し、そして終了している。

人口ボーナス期の日本の成長要因

 日本が人口ボーナス期にどのような経済成長を遂げたのかを、3つの好景気時代(いざなぎ景気、バブル景気、いざなぎ越え景気)について、需要サイドから成長要因をみてみる。まず、(イ)いざなぎ景気では、消費の伸び率が突出しており、設備投資・公需と合わせて内需で成長した。消費が伸びた背景には、池田内閣の「所得倍増計画」という公約を国民が信じ、新3種の神器(自動車・エアコン・カラーテレビ)を月賦払いしてまでも購入していたことがある。また、この時期には農村から集団で都会にでてきた若者が工場などで働き、大量の労働力が生産力の低い分野から高い分野に移動し、個人の所得や企業の利潤が増え、その結果内需が伸びるという好循環を生み出した。この内需を活かし、自動車産業や家電産業が国際競争力のある産業へと成長したのである。次の(ロ)バブル景気では、日本国民の需要は、モノからサービスにシフトしているという考えのもと、政府はリゾート産業に力を入れたが、リゾート産業の生産性は向上せず、その投資を不動産価格の値上がりで回収しようとしたため、土地の価格が下がり、バブルが崩壊する結果となり、経済成長も終了した。(ハ)人口ボーナスの終了した後のいざなぎ越え景気では、規制緩和と構造改革を進め、外需により経済成長した。したがって、リーマン・ショックによる世界同時不況で外需が一気に落ち込み、円高になると、マイナス成長へと転じた。こうして日本の経済成長は高成長・中成長・低成長へと推移し、しだいに衰えていった。

人口ボーナスとアジア諸国の経済成長

 人口ボーナスと経済成長の関係をみると、日本の人口ボーナスが始まった1950年の5年後に高度成長が始まり、人口ボーナスが終わる1990年にバブルが崩壊している。1970年代末には、高度成長を終えた日本に代わり、N I E s(韓国・香港・シンガポール・台湾)と呼ばれる国・地域が、モノづくりと輸出という日本と同じパターンで高度成長を始めた(第2世代)。これらの国・地域の人口ボーナスは1965年に発生し、その10年後に高度成長に入っている。香港・シンガポールは2010年、韓国は2015年に人口ボーナスが終了する。これらの国が中成長になると、今度は中国・インドが高度成長を始めた(第3世代)。中国の人口ボーナス発生時期は、韓国などと同じ1965年だが、文化大革命で足を引っ張られ、それが経済成長につながるのは1970年代の改革開放政策への転換以降である。また、中国の人口ボーナス終了時期は2015年である。1人っ子政策により生産年齢人口の伸びが止まり、急速に高齢化が進むため、高度成長は遅く始まり、早く終了してしまうのである。一方インドの人口ボーナスは1970年に始まり、2035年まで続くため、インドは中国よりも長く高度成長を続けるだろう。中国・インドの次に高度成長を始めるとみられる国々は、ベトナム・マレーシア・インドネシア・フィリピンで、人口ボーナスは2020~2040年まで続く(第4世代)。これらの国々では生産年齢人口の予備軍である14歳以下の人口が総人口の3割を占めており、今後高度成長するのは間違いない。このように、アジアでは日本を第1世代とし、第2世代、第3世代、第4世代、と順次世代交代しながら高度成長国が現れ、21世紀の前半は、アジアが世界の成長センターといえるだろう。

中国の産業高度化

 中国の主力産業は、1990年には繊維産業であったが、2000年には石油化学・鉄鋼などの重化学工業、電気・電子製品などの家電産業に代わっている。そして現在、自動車産業が主力産業となろうとしている。日本が40年かけて行った産業の高度化を、中国はわずか10年で成し遂げようとしているのである。1人当たりGDPが5000ドルを超えると爆発的なモータリゼーションが起きるといわれているが、中国はその一歩手前にある。数年前の中国の統計では、自動車の普及率は3.5%だったが、仮に3年で10%に達するとすると、1年あたり3000万台売れることになる。これは米国、日本の自動車市場の達成できなかったスケールである。中国で自動車産業が主力産業になるのは確実である。

日本の新成長経済戦略

 内需の基盤となる人口ボーナスが消滅した中で成長するには、基本的には外需で成長するしかない。(イ)外需による成長の活路の一つは、アジアとの共存・共栄を目指す成長戦略である。具体的には、アジアでは依然として成長産業である自動車・家電・電子産業において、高い技術力を持った日本の裾野産業の集積を活かし、工程間分業(部品や素材などの中間財の生産と完成品の組み立てを複数国間で分業すること)における日本の部品、素材の輸出を増やすことである。(ロ)2つ目は、自動車や家電産業に代わる先端産業の育成である。日本企業の誠実なイメージを活かし、「高度信頼性」、具体的には「安全、安心、本物」を武器に、生命と安全にかかわるような産業、例えばジェット旅客機、新幹線、水、ライフサイエンスなどを育成すべきである。(ハ)3つ目は、人口減少下でも増加が期待できる「環境」「健康」「観光」での内需を伸ばすことである。「環境」ではエコ関連製品への転換需要がある。「健康」では高齢者の人口増加による需要があるが、現在の介護施設拡大や介護士の増員による内需喚起ではなく、介護が必要なくなるような補助器具などの技術開発と産業育成へと転換すれば、この分野は成長分野となる。「観光」では、アジア諸国を中心とした外国人観光客を増やすことで需要が伸びる。

震災・計画停電によるサプライチェーンへの影響について

 現在の日本のサプライチェーンは、ピラミッド型の下請け構造ではなく、高度技術を武器に複数の企業の部品生産を行う企業によるダイヤモンド型の構造となっている。部品・素材によっては1社で世界シェア100%、あるいは50%というものもあり、工場の被害状況によっては、その部品・素材を用いる製品の生産が全世界で止まってしまう。たとえば半導体では、多くのマイコン工場が直接被害を受けたが、それによって全自動車の生産が止まった。今回の地震では、サプライチェーンを構成する日本の裾野産業の強さが証明された。

(文責、在事務局)