国際政経懇話会

第236回国際政経懇話会
「最近の中南米情勢とわが国の対応」(メモ)

 第236回国際政経懇話会は、水上正史外務省中南米局長を講師に迎え、「最近の中南米情勢とわが国の対応」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2011年7月13日(水)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「最近の中南米情勢とわが国の対応」
4.講 師:水上正史 外務省中南米局長
5.出席者:14名

6.講師講話概要

 水上正史外務省中南米局長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

日本政府の中南米外交に対する認識の変化

 外務省の中南米担当部局の名称が「中南米・移住局」(1968年廃止)であった如く、日本の対中南米政策の中心は特にブラジルを中心とした移住であった時期がある。他方、我が国の中南米外交の政策決定者の多くは、スペイン語の使い手であり、気分的にブラジルと距離があるのは事実である。それでもブラジルとの関係でみると、1950~70年代に2回のブラジル・ブームがあり、とくに1960~70年代の「ブラジルの奇跡」と呼ばれた高度成長に乗じた第二次ブームには、セラード農業開発、カラジャス鉄鉱山開発といった大型ナショナル・プロジェクトが実施され、ブラジルとの間で活発な経済交流が行われた。しかし、1980年代の対外債務危機発生を契機に日本のブラジルへの関心は薄まり、いわゆる「失われた20年」の時期に入った。2000年代に入ると食糧・資源が高騰し、BRICSブームが象徴するように、日本企業の進出が再び活発になり、外交面でもブラジルとの関係に再着目するようになり今に至っている。
 中南米の経済規模は着実に拡大しており、中南米諸国全体のGDPは、2010年の名目値で中国、日本と並んだ。中でもブラジルの経済規模は突出しており、1国だけでASEAN諸国全てのGDPに匹敵する。また、鉄鉱石、銅鉱石、リチウムなどの鉱物資源の生産量、及び農産品の生産量でも中南米諸国の多くが上位を占めている。中南米諸国には「日本にあるものはすべてなく、日本にないものはすべてある」と言われるが、そのような相互補完性が注目される。

中南米各国の現状

 ブラジルは、1980年代には巨大な債務国というイメージが強かったが、2000年代初頭にルーラ政権が発足し、精力的な経済・社会政策が推進された結果、2000億ドルを超える外貨準備高を貯蓄し、債権国に転じている。その結果、リーマン・ショックの影響もほとんど受けず、世界の主要経済国の中で最も早く経済危機から脱出し、年率5%台の安定成長をつづけている。しかし、国内制度面では依然として途上国としての一面を残しており、たとえば複雑な許認可制度が、日本など海外企業のブラジル市場参入を妨げる原因となっている。外務省は、そうしたビジネス環境整備が大事であるとの認識に立ち、例えば商用ビザの発給条件の緩和(1年間を期限とする1次ビザを、3年間を期限とする数次ビザに変更)の実現等に動いている。現在勢いのあるブラジル経済は、今後2016年のリオデジャネイロ・オリンピックまでは安泰であると考えられるが、現在のレアル高が鉱山開発事業への投資により牽引されている側面もあり、今後とも、このまま安定的な成長を望めるのかどうか、今後ブラジルがより一層強大な経済国へと発展するかどうかは、今後のブラジル政府の政策運営と政権の安定度が鍵となろう。
 メキシコは、かつてはアルゼンチンと並び、中南米地域の中心国であったが、NAFTA発足以来、北米との協力関係強化に関心が移っており、「中南米離れ」ともいえる現象が起こっている。これはポルトガル語国であるため、中南米諸国のなかで孤立していた観のあったブラジルが近年「中南米入り」ともいえる現象を見せているのと対照的である。メキシコ政府は、たとえばメキシコ人労働者をアメリカに送り出すなど、アメリカ経済のバックヤードとしてメキシコ経済を発展させたいと考えているのではないかと思う。
 ペルーとは、トレド政権時代に日本がフジモリ元大統領の身柄を引き渡さなかったことで、日本との関係が悪化したが、ガルシア現政権時代には日本とはEPA(経済連携協定)を締結するなど、良好な関係を築いた。時期ウマル政権とも引き続き良好な関係が保てるかと思うが、新政権内には大統領選で協力したトレド派が組み込まれる見通しである。そうした中には日本との関係が良好でない人たちがいることが懸念材料である。
 アルゼンチンとは、パリクラブ(主要債権国会議)に対する債務返済問題が片付いていないため、日本企業も進出しにくい状況にあることと同国の関心が欧州に向いているため、日本との関係は疎遠である。しかし、ブラジルと同様、経済面での潜在力があるので、早い段階でビジネス面での良好な関係作りが必要であろう。

今後の中南米外交における留意点

 中南米諸国の指導者たちのアメリカ批判には、民主国家における選挙での人気取りの一つの手段という側面があり、どの国もが外交政策として真剣にアメリカと敵対関係になることを望んでいるわけではない。しかし、反米(西欧)的姿勢を示す国の中には、共通して留意すべきことがある。1つは、ワシントン・コンセンサスのような欧米諸国が彼らだけで決めたルールに盲目的に従うつもりはない、というスタンスである。2つ目は、資源ナショナリズムの考え方が強いということである。国によっては、石油開発の方式においては、今後コンセッション契約(開発リスクは石油会社がとる代わりに、採掘利権は石油会社に帰属する方式)からサービス契約(石油会社はリスクを負わず、探鉱・開発作業のみを請け負う方式)に移行する可能性がある。これは「モデレートな形での資源ナショナリズム」だといえる。

(文責、在事務局)