国際政経懇話会

第238回国際政経懇話会
「21世紀の国際社会と人間の安全保障」(メモ)

 第238回国際政経懇話会は、鶴岡公二外務省総合外交政策局長を講師に迎え、「21世紀の国際社会と人間の安全保障」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2011年10月31日(月)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「21世紀の国際社会と人間の安全保障」
4.講 師:鶴岡公二   外務省総合外交政策局長
5.出席者:21名

6.講師講話概要

 鶴岡公二外務省総合外交政策局長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

人間の安全保障とは

 人間の安全保障(Human Security)の概念に深く関わるようになったのは、2007年の地球規模課題審議官と、2003年の同省総合外交政策局参事官の任に就いた時である。人間の安全保障というのは、定義が必ずしも明白ではないため、その定義には各々が入れたいと思う概念を自由に付け加えることが可能であるが、その意味において、「発展しつつある概念」といえる。人間の安全保障の議論が活性化した背景としては、冷戦後の国際情勢の変化、具体的には主権国家の主権の不可侵性が相対化したことが大きい。環境問題を例に挙げると、冷戦以前はあくまで各国の国内問題として処理されてきたが、国家主権が相対化されたことにより、今日ではそれは国際問題として議論されている。その舞台としてのリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」も来年で20年を迎えて「リオ+20」が開催されることとなる。翻って人権問題を考えると、人権問題が放置されている国があると、その国の安定が損なわれ、隣国に難民が流出し、一国の問題にとどまらず地域の安全保障に直結する問題につながってしまう。今日の国際社会が抱える諸問題は、国際協力無しには解決不可能であり、そのためにも、「共通認識」・「共通目標」といった基本的な理念の共有が不可欠である。

人間の安全保障の国際社会における議論の進展

 「人間の安全保障」の議論は、2000年の国連ミレニアム・サミットで世界各国の首脳によって行われていたが、「人間の安全保障」が初め国連の公式文書で言及されたのは、2005年の国連総会で採択された国連首脳会合最終文書である。その後「人間の安全保障」の重要性についての認識が広まり、国連だけではなく、主要国首脳会議(G8サミット)、アジア太平洋経済協力(APEC)、世界経済フォーラム(WEF)など、様々な国際会議でも議論されるようになった。このように、「人間の安全保障」の議論は、国際社会で徐々に広まりつつあるが、課題解決に必要な、国際社会全体での「共通認識」・「共通目標」理念の共有は、他の課題解決のプロセスをみていると、なかなか実現が難しいようにみえる。たとえば、環境分野では、第15、16回気候変動枠組み締結条約締約国会議ではポスト京都議定書の枠組みは定まらず、貿易投資分野では、WTO協定(GATT)の下でのドーハ開発ラウンドでは、妥結の見通しが立っていない。この背景には、新興国などの国際社会での発言力が高まり、従来のような日米欧といった先進国が合意形成の牽引役を果たすことが難しくなっていることがある。

人間の安全保障における日本の取り組み

 日本では、「人間の安全保障」を、日本外交の基本的な理念の一つとして推進しており、その概念の普及にさまざまな取り組みを行っている。たとえば、「人間の安全保障フレンズ」(Friends of Human Security)の開催である。同組織は2006年10月に設立され、主に人間の安全保障についての理解・関心を高めることを目的として組織された。第1回会合では24ヵ国・7機関が参加したが、その後2009年の第7回会合では、85ヵ国・21機関が参加し、その規模を拡大させている。
 日本が具体的にイニシアティブをとって進めている取組みには、1999年に約5億円の拠出によって設置した「人間の安全保障基金」がある。わが国は2008年度までに同基金に対して373億円を拠出してきたが、ここ最近は3億円を割り込んでいる。同基金に対しては、日本以外スロベニアとタイが拠出しドナーに加わったが、今後はもう少しドナーを増やす必要がある。そのほか、ODAスキームの一つとして、開発途上国の多様なニーズに応えるべく、1989年に「草の根・人間の安全保障無償資金協力」制度を導入している。同制度の下では、開発途上国の地方公共団体、民間の開発関係の団体、大学や高等等といった相手政府を介在させずに、直接現場で活動している団体等に資金協力を行っている。これは、伝統的な国際関係から言えば「内政干渉」にあたるが、わが国としては事前に相手政府と支援の内容の了解を得た上で行っている。資金提供が政府の関係団体等に偏らないように、資金提供先の選定は慎重に行っており、各国の草の根で大いに評価されている。

人間の安全保障の更なる推進に向けて

 今後「人間の安全保障」の理念の具体化は、個人が持てる能力を発揮できるような環境整備からである。保健・衛生やテロからの脅威に対処するとともに社会建設や運営に個人が参加できるよう「能力強化」(識字率の強化)を進め、能力を獲得した個人が自ら社会に積極的に参加できるよう、それを可能ならしめる環境づくりが急務である。すなわち、人間の安全保障の制度的担保は、自由と民主主義であるが、これを欧米的な表現で押し付けるのではなく、共に概念を発展さて、結果的により平和で安定した世界を共に創り上げて行きたい。

(文責、在事務局)