国際政経懇話会

第240回国際政経懇話会
「最近の国際金融情勢」(メモ)

 第240回国際政経懇話会は、中尾武彦財務省財務官を講師に迎え、「最近の国際金融情勢」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2011年12月20日(火)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「最近の国際金融情勢」
4.講 師:中尾武彦  財務省財務官
5.出席者:23名

6.講師講話概要

 中尾武彦財務省財務官の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

大転換したリーマン・ショック後の世界経済

 リーマン・ショック以前の2007年までは、米国、欧州、新興国を含めて世界経済は高めの成長率、安定したインフレ率など極めて順調であり、”Great Moderation”と呼ばれた。一部の専門家の間では、もはや景気循環は消滅したのではないかという”New Economy”の議論までみられた。関連して、1970年代以降IMFは、ラ米、ロシア、アジアなどの通貨危機に対応したが、新興国、途上国もIMFから借り入れる必要は減り、IMF不要論さえ聞かれるようになっていた。しかし、リーマン・ショックを機に、状況は大きく転換し、IMFなどの国際金融機関や、国際協力銀行などの政策金融機関の役割が再び見直された。また、リーマン・ショックは、政府の機能の重要性を明らかにした。すなわち、金融危機の混乱を最小限に食い止めるには、政府による金融システムの支援が必要であり、財政政策による経済の下支えも重要である。政府の機能の大前提は、国民から税金を強制的に徴収する力、規制をエンフォースする力であり、主権国家の重要性と言うこともできる。中央銀行の独立性も大事だが、危機時には政府・財政当局との連携が不可欠である。

言われるほど悪くない日本経済の実情

 名目GDPでみると、2010年の日本のGDPが世界経済に占める割合は8.7%であり、一人あたりGDPも42,783ドルと高い水準を有している。1990年代以降、高齢化社会やデフレの進行により、活力がないと言われる日本経済であるが、実際は一人あたりGDPでみると、かなり高い経済水準を維持している。もちろん最近の円高も1人当たりの所得の高さに寄与している。円高の背景には、欧州危機によるユーロの信頼低下、および米国の金利の低下により、円が比較的安全な資産であると捉えられるようになったことがある。しかし、ユーロが安く、また、韓国や中国も競争力を強化していく中でこれ以上円高が進むと、ヒトやモノの海外移転が進み、日本産業の空洞化が進行する懸念があり、日本政府は2010年9月に単独介入、2011年には3度協調介入を行った。諸外国の中には政府の単独介入を批判する声もあるが、為替レートの安定を図るのは国家の基本的な役割であり、2011年のG20カンヌサミットでも「為替レートの過度の変動および無秩序な動きは、経済および金融の安定に対して悪影響を与えることを再確認する」と言及されている。無論、単独介入の際には諸外国への連絡、配慮は必要であるが、協調介入でなければいけないということではない。

欧州金融危機をめぐる各国の動向

 欧州ではユーロ圏の金融安定化に向け、「欧州金融安定ファシリティ(EFSF)」という、独仏などの信用力の高い国を後ろ盾として債権を発行し、資金調達を行う法人を立ち上げた。このしくみは、国際法に設立根拠を持つ国際機関として「欧州安定メカニズム(ESM)」に発展させることとなっているが、イタリア、スペインなどの救済を考慮し、ESMを2012年半ばに当初の予定から1年間前倒しで設置し、2013年半ばまでEFSFと併存させ、一時的に融資能力を拡大することを決定している。現在ユーロとIMFは、アイルランド、ポルトガル、ギリシャのユーロ圏諸国とその他のEU諸国に対して支援を行っているが、さらなる債務危機対応のため、ユーロ圏諸国とその他のEU諸国がIMFに2000億ユーロを拠出することで合意した。しかし、英国はユーロとは別にG20での枠組みで拠出する方針を示しており、ユーロとは距離を置こうとしているように見える。このような欧州の取り組みに対する域外国の反応をみると、米国は、ユーロ圏諸国の債務危機問題について、IMFを巻き込んで解決しようとする姿勢に難色を示している。それは、豊かで全体としての経常収支や財政の状況もよいユーロの問題はユーロ自身が最大の努力をして安定させるべきであるということに加え、IMFの最大の出資国としてIMFの負うリスクが大きくなりすぎることをおそれるからでもある。一方、中国は豊富な外貨準備高を有しているものの、なぜ経済的に豊かなユーロ圏諸国を支援しなければならないのか、という国民感情が強い。確かに「欧州経済が窮地に陥るのは困る」というのは域外国すべての思いではあるが、IMFの資金を増やし、例えばイタリア、スペインの国債を買い支えることが、果たしてフェアであるのか、また効果があるのかという疑問は残されている。日本としては、ある程度欧州の安定に貢献したいが、欧州が最大限のどりょくをすること、また、国民の資産である外貨準備高をできるだけ傷つけないよう運用することが前提である。

2012年の世界経済の見通し

 IMFによれば、2012年のGDP成長率は、対前年比で全体的に低くなる見通しである。その動向の鍵を握る要因としては、日本は震災による打撃からどれだけ回復できるのか、EU諸国はユーロ危機による混乱がどのように推移するのか、米国はリーマン・ショック以降の不動産価格の低下を含めたバランス・シートの調整がどうなるのか、中国の成長がどこまで内需を含めて維持できるのか、である。米国では、2011年の住宅価格は対前年比でマイナスとなっているが、住宅価格の下落は家計の資産を押し下げ、消費抑制に向かわせる。そのため、マイホーム所有者の多い米国で住宅価格の下落が今後も続くとなると、日本と同様に長期的な経済低迷となるだろう。ユーロ危機については、世界経済に大きなダメージになる可能性がある一方、ユーロ安が破壊的水準にまでは至っておらず、またドイツは依然として経常収支が黒字でユーロ安、金利低下の恩典も受けて成長は強い。ユーロの混乱はリスクではあるが、どこまで世界の実体経済に影響を及ぼすかは確定的ではない。一方で、アジア地域の新興国、特に中国、インドネシア、ベトナム、インドといった大国は、リーマン・ショック以降も経済成長率が下がったとはいえ、プラスの成長率を維持している。その背景には豊かになりつつある中間層の消費欲の拡大があり、先進国経済が減速すればその影響は免れないものの、その経済見通しは長期的には明るいといえる。

(文責、在事務局)