国際政経懇話会

第269回国際政経懇話会メモ
「日本の問題意識:積極的平和主義と日本の針路」

 第269回国際政経懇話会は、伊藤憲一日本国際フォーラム理事長および竹内行夫日本国際フォーラム政策委員を講師にお迎えし、「日本の問題意識:積極的平和主義と日本の針路」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.~7.のとおりであった。

1.日 時:2014年10月7日(火)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「日本の問題意識:積極的平和主義と日本の針路」
4.講 師:伊藤 憲一 日本国際フォーラム理事長/政策委員長
        竹内 行夫 日本国際フォーラム政策委員/元外務事務次官
5.出席者:21名

6.講師講話概要

 伊藤憲一日本国際フォーラム理事長および竹内行夫日本国際フォーラム政策委員の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

伊藤憲一日本国際フォーラム理事長の講話概要

(a)第37政策提言「積極的平和主義と日本の針路」
 最近の国際政治における「ルール・オブ・ザ・ゲーム」の様子がおかしい。冷戦時代にはその時代特有のルールがあったが、ソ連崩壊後はアメリカによる一極支配的体制となり、永遠の平和とは言わないまでも、話合いによって外交問題を解決することが国際政治の基調になったかの如く思われた。しかし、「膨張する中国による海上行動」、「グルジア戦争およびクリミア戦争等を仕掛けるロシア」、そして「中東におけるイラクおよびシリアの崩壊とイスラム国という新プレイヤーの登場」という風に世界情勢は変化した。この情勢下で、日本はこれからどのように国際社会を渡り、行動すべきなのかという問題意識が、当フォーラム第37政策提言「積極的平和主義と日本の針路」発出の契機と背景である。

(b)安倍首相の「積極的平和主義」および当フォーラムの立場
 当フォーラムは2009年10月の第32政策提言「積極的平和主義と日米同盟のあり方」および2014年8月の第37政策提言「積極的平和主義と日本の針路」で積極的平和主義を提唱した。2012年末に発足した第二次安倍政権は、首相の国連演説や国会での施政方針演説を通じて「積極的平和主義」を表明した。安倍首相が当フォーラムの提言を受け止めて表明したものと取り上げる新聞も多い。私、伊藤憲一自身は、1991年11月の『二つの衝撃と日本』および2007年9月の『新戦争論/積極的平和主義への提言』において「積極的平和主義」を提唱した。なお、2012年1月の第35政策提言「膨張する中国と日本の対応」には安倍首相も当フォーラムの参与および政策委員としてご署名なさっている。

(c)国際政治学から見た理論的背景
 米国の国際政治学者ジョセフ・フランケルには「国際政治システムは、政治的統一と統一の完全な欠如との間の一中間点としてのみ存在する」という名言がある。この言葉は、国際政治システムの本質を抉っている。このフランケルの中間点は、統一の欠如(無政府状態、戦国時代)から統一(世界政府)に向かって移動する必然的傾向を有する。この歴史的必然性を担保しているのが、科学技術の進歩、交通および通信手段の発達による時間および距離の短縮による相互依存の増大である。そのことを念頭において、問題を問うときには「何が『主要な矛盾』か」を問う必要があると言うのが毛沢東だが、現代国際政治における「主要な矛盾」は、グローバリズムの普遍的価値とナショナリズムの個別的価値のせめぎ合いである。この際、「積極的平和主義」に「国際協調主義に基づく」との形容句を冠するのは、大変意味のあることである。

(d)日本の対応としての積極的平和主義
 国連憲章2条4項および憲法9条1項は、「国際紛争を解決する手段として武力を行使すること」を一般的に禁止したものであって、「個別的または集団的自衛の固有の権利」を行使したり、「国際の平和と安全の維持または回復に必要とされる集団安全保障」に貢献したり、参加することまでも禁止したものではない。現代は、国家主権を絶対視したウェストファリア体制から、国家主権を相対視する不戦条約体制に移行した。日本はこの世界の流れを見失わず、前進する必要がある。グローバリズムが不戦の推進力であるのに対し、ナショナリズムはWWⅠ前の「戦争そのものの正当性」を問わずに「戦争行為の適法性」に拘る無差別戦争観に戻っているきらいがある。クリミア戦争等を起したロシアはまさにそれである。「そういう世界に戻してはいけない」というのが、私が「積極的平和主義」に付した願い、論理である。

(2)竹内行夫日本国際フォーラム政策委員の講話概要

(a)「戦後レジームからの脱却」より「戦後レジームからの発展を」
 戦後の荒廃の中から我々の世代が行ってきた国民的努力は、ただ一つ、日本を国際社会の中で「信頼され尊敬される国」にすることであった。そして、その努力は実った。その意味でも私は「戦後レジーム」そのものを否定することには違和感を覚える。「戦後レジーム」について言うならば、寧ろ、戦後の国民の努力を肯定的に評価した上で「戦後レジームからの発展」と言ってほしい。日本の求めた国益(national interest)は世界の公益(international public interest)と合致し、日本は道義性のある国家として、国際的にその重要な地位を認められるようになった。日本は中国のように外国に対して脅威を与える覇権主義的国家になってはならない。私が求める日本の国家像はグローバル・シビリアン・パワーということである。しかし、安全保障政策は確固たるものでなければならない。

(b)安全保障政策の進展
 日本は、1990年代より、一つは、北東アジア情勢への対応として日米安全保障協力の強化を含めて抑止力を強めるとともに、もう一つは、湾岸戦争の時の反省を踏まえてグローバルな安全保障面においては国連の集団安全保障措置に協力を強化するという2本柱ドクトリン(Two Pillars Doctrine)の下で安全保障政策を進展させてきた。国連の集団安全保障についての協力に関しては、国内での大議論の末に国連PKOへの参加が種々の制限を付せられながらも実現し、自衛隊は国連PKO の歴史の中で最も成功したといわれるカンボジアPKOにおいて優れた貢献を果たし、また東チモールPKOは日本の積極的な関与なしには成功しえなかったと言われている。今後の課題としては、安保理決議に基づく多国籍軍への参加についての一般法の制定や後方支援の積極化等が挙げられる。日米同盟に基づく安保協力に関しては、これまで、周辺事態安全確保法が制定され、また、いわゆる有事法制も整備された。今般、集団的自衛権についての閣議決定が行われて、一歩踏み出したが、これは現行憲法の制約の枠を強く意識したものであり、国際的標準の集団的自衛権とはいえず、あくまでも我が国自身に対する直接の武力攻撃の危険を念頭に置いているという点で、いわば個別的自衛権と集団的自衛権のハイブリッド自衛権であると思う。

(c)中国の挑戦
 20年前から中国は「脅威」か「機会」かについて議論が分かれていたが、今や中国は既存秩序への「挑戦者」であるととらえるべきである。そのような挑戦、中国的国際秩序の建設への動きが、今世紀前半の最大の問題ではないだろうか。中国は現在、覇権的な海洋進出のみならず、AIIA銀行、BRICS銀行、人民元の国際通貨化等に見られるように世界経済システムへの挑戦をも隠そうとしていない。この既存の秩序に対する中国の挑戦への米国の微温的対応は、いつまで続くのか。目が覚めたら、中国的秩序になっていたなんてことになっては手遅れである。
 日中の外交戦の主な舞台は東南アジアであり、中国による東南アジアへの恫喝は相当効果があり、日本一国で対抗できるものではない。米国やオーストラリアが日本とともにしっかりとASEAN諸国を支えて安心感を与えてやることが、この地域の平和的な国際秩序のために戦略的に必要である。例えば、TPPの真の意義は単に経済上のことよりも、このような戦略的な意味があるのである。一部の業界からの圧力のために大局的な判断ができない米国の状況は、慨嘆に堪えない。

(d)日本の外交力強化
 現代の国際関係においては、「経済力」が国家のパワーの重要な構成要素となっている。このことを最もきちんと理解しているのはほかならぬ中国であろう。翻って、我が国の場合、経済力が相対的に低下するとともに「外交力」が低下してしまうことは何としても避けたいというのが、私の20年前からの問題意識である。経済力が低下したとしても外交力を高める知恵を出すのが外交専門家の責任である。  
 近年、急激にODAを削減してしまったのは、日本外交の戦略的失策であった。まだ遅くはない。グローバル・シビリアン・パワーとしての日本は、何と言ってもその経済技術力を外交の戦略的手段として活用すべきである。
 外交の構想力を高めることも必要である。例えば、「人間の安全保障」とか「平和定着イニシアチブ」に続く日本ブランドの外交コンセプトを構想して積極的に発信するとともに、それに基づく具体的な外交を展開する姿勢が欲しい。
 また、日本は国際社会からかち得た尊敬と信頼を基礎に堂々と「道義性」のある外交を展開すべきである。例えば、尖閣問題について中国や米国に対して「法の支配」を説くことは、日本のレゾンデートルであるし、それが日本の強みになると思う。北方領土問題についていえば、やれ半分ならどうかなどということではなく、「法と正義」による解決を主張し続けるべきである。
 いうまでもなく、外交力を強化するためには良きパートナーの確保が必要であり、日米同盟強化は言うまでもない。米国との真の戦略対話が復活することを望んでやまない。
 日本の外交力強化のためには色んな工夫を考えてゆくべきなのである。


(文責、在事務局)