国際政経懇話会

第270回国際政経懇話会メモ
「原子力規制委員会委員の任を終えて」

 第270回国際政経懇話会は、大島賢三前原子力規制委員会委員を講師にお迎えし、「原子力規制委員会委員の任を終えて」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2014年11月19日(水)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「原子力規制委員会委員の任を終えて」
4.講 師:大島 賢三 前原子力規制委員会委員
5.出席者:26名

6.講師講話概要

 大島賢三前原子力規制委員会委員の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

福島第一原発事故

 2011年3月の福島第一原発事故は、原発と自然災害が結びついて起きた世界初の巨大「複合災害」であった(国際原子力事象評価尺度で最悪のレベル7)。地震と津波襲来で全電源喪失に陥り、炉心溶融(メルトダウン)、水素爆発、放射性物質の外部放出へと発展した。原発事故の際の鉄則、すなわち原子炉の「即時停止」はできたが、炉心の「冷却」と放射線物質の「閉じ込め」に失敗した。
 背景要因を調べると、“人災”(ヒューマン・エラー)としか言いようのない側面が多く見られた。(イ)構造的問題として、原子力の推進部局(エネ庁)と規制部局(保安院)間の分離が不十分、すなわち規制組織の独立性の欠如、(ロ)組織文化的な問題として、事故は起きない、リスクはゼロという「安全神話」に浸り、思考停止に陥っていたことが大きい。さらにその派生として、(ハ)過酷事故(特に津波)対策の不備、(ニ)国際基準への感度の鈍さ、内向き志向、(ホ)電力事業者による改善勧告の無視などが国会事故調その他で指摘された。(ヘ)過密な原子炉配置(福島第一では敷地内に6基)も事故対応を著しく困難にした。世界でも有数の自然災害多発の国である日本が、これらハイリスクの外部的事象について、対策に甘さと遅れを許していたことが事故の発生と拡大の防止を困難にした。
 その一方で、幾つかの幸運と思しきこともあった。例えば、数年前の新潟県中越沖地震の教訓から設置が決まった免震重要棟が3.11事故発生の僅か8か月前に完成しており、現場チームの事故対応に役立ったことは大きな幸運であった。また、福島第一(5、6号基)、福島第二では一部電源が生き残り、事故拡大の防止に幸いした。伝説化されつつあるが、現場力の発揮も称賛される。こうした幾つかの幸運と決死の現場対応がなければ、遥かに深刻な事態に陥るところであった。
 なお、今回、福島第一と同じように地震・津波に遭遇しつつも福島第一と運命を分けたのが宮城県の女川原発(東北電力)である。女川の場合は、同地域における大規模地震・津波の歴史を考え、あえて慎重に安全サイドに立ち高台に原発を建設する決定をしていた。経営層によるこの英断が、約80センチの差で同発電所を過酷事故から救ったと言われている。

事故の教訓から学ぶもの

 福島第一事故の原因究明については、これまで各種の事故調査委員会(国会、政府、学界、東京電力、民間など)の報告書で明らかにされている。これらに加え国際原子力機関(IAEA)が各国の専門家の参加を得て「包括的レポート」の作成を目指しており、目下作業が進んでいる。これには規制委員会も協力している。この包括レポート(来年の中頃までには発表)は、各種調査委員会のレポートが乱立する中で、相応の権威を持って世界に受け止められるものになるのであろう。
 事故から学ぶべき教訓は多いが、基本的には、第一に安全神話からの脱却であると考える。安全規制基準をより厳しくすることは勿論重要だが、規制を厳しくしさえすれば安全確保は万全という訳ではない。人間は間違いを犯しうる、機械やシステムは故障しうる。事故は起こりうると考えた上で、継続的に安全向上に努めるため組織内の意識、倫理、文化、規律といった、ソフト面での備えが電力事業者のトップから現場レベルまで徹底することが肝要なのであり、これが「原子力安全文化」と言われるものである。安全神話が蔓延していたということは、安全文化の低下にほかならず、その立て直しが急務である。これは事業者の課題であると同時に、規制側の課題でもある。文化というものは一朝一夕に変われるものではないが、早急に手を打っていく必要があり、規制委員会もその取り組みを開始している。
 第二に、当面の重要課題は、安全規制基準を強化し、過酷事故対策を立て直すこと。これは規制委員会の設置後、最初に着手され、新しいルールが昨年7月に採択された。これに基づき、停止中原発の新基準への適合性審査が進行中であるのご承知のとおり。
 第三に、3.11の事故以前は、原発事故は起きないという暗黙の前提でいたから、その反映として、立地地域の住民に対する防災対策や避難訓練も形骸化していたことは否めない。この結果、高い代償を支払う羽目になったが、その教訓を生かし、防災・避難計画・訓練の強化が必須である。規制委員会が基本的な防災指針を策定し、これに基づいて関係地方自治体が具体的な計画の策定に当たっている。従前に比べ改善であり、国の関与も以前に比べ進んだ形になってはいるが、立地自治体からは更なる国のコミットメントを求める声を強い。今後の課題の一つである。
 第四に、原発は「国策民営」を旗印に推進されてきたが、国の関与と責任の度合いはどうあるべきなのか、防災や補償の問題を含めそのあり方が問われている。
 事故から1年半後に発足に漕ぎ着けた原子力規制委員会は、以上のような課題に懸命に取り組んできている。
 この原子力規制委の設立にあたっては、多くの点でアメリカの原子力規制委員会(NRC)に学んだとされている。当時は野党であった自民党の塩崎恭久議員を中心に、議員立法でできたもので、独立性、透明性、専門性の高い組織を目指して制度設計された。立ち上がって2年が経過したところであるが、新規制基準の策定など一定の成果を上げる一方、若い組織であることもあり試行錯誤の部分や課題も抱えている。法律に基づき、3年以内に組織その他の側面を見直すこととされている。
 この関連で、日本の安全規制の在り方や、核セキュリティの問題については、国際原子力機関(IAEA)の下で運営されている「国際的ピアレビュー」を受け入れることが決定され、来年の初めから末にかけて順次実施されていくことになっている。こうした国際的専門家によるレビューの結果も含め、しっかり見直しを行い、さらなる改善につなげることが期待されている。

福島第一原発に係る残された課題

 福島第一原発の事故現場では、事態はかろうじてコントロールされているとは言うものの、依然として大きなリスクを抱えた危険施設であることに変わりはない。当の東京電力は、使用済み燃料プールの管理、汚染水処理、廃炉に向けた作業など山積する問題への対処に日々翻弄されている状況だ。廃炉が決まっている6基の廃炉工程は30年~40年と極めて長期に及ぶ、息の長い問題である。その間に、また地震や津波の来襲がないとも限らないので、少しでもリスクを軽減しておくことが重要である。目下、増え続ける汚染水対策が頭の痛い問題であり、保管のために貯蔵タンクを増やし続け、一定レベルまで放射能を除去した汚染水を管理している。今後とも増え続ける汚染水は安全レベルまで希釈して海に放出することを専門家は助言しているが、地元の反対は根強く、簡単ではない。
 被災地域社会では、国や地方自治体による除染、安心、避難生活、補償問題等の問題をめぐり、精力的な取り組みが進んでいるが、これも長期に及ばざるを得ない。地元住民にとり放射能汚染への向き合いは、科学的根拠だけで割り切れる問題ではなく、多分に心理的・メンタルな側面があるので、複雑である。これはチェルノブイリ事故の被災者についても同様のようである。

全国ベースでの残された課題

 (福島第一の6基を除く)停止中の原発48基の再稼働問題に関しては、順次の事業者による稼働申請に基づいて、昨年7月に策定された新規制基準に基づき、適合性の審査段階に入っている。先頭を行くのが鹿児島県の川内発電所であり、これが試金石になる。新規制基準に合わせるために相当高額な追加投資が必要となっている。また、「40年ルール」が新たに作られたので、老朽化した原発については、40年を超える稼働に堪えるための厳しい審査をパスする必要があるが、そのために大きな追加投資が求められるので、電力会社には厳しい経営判断が迫られる。
 また、技術的にも判断が容易でない発電所敷地内の活断層の問題がある。1995年の阪神淡路大震災は活断層地震であったが、この経験が刺激になり、過去に審査をパスしていた原発も敷地内あるいは近辺の活断層リスクについて再評価を受ける必要性に迫られており、専門家による調査や評価が続けられている。この問題は高度に専門的であり、また専門家の間でさえ意見や評価が異なる場合もあるようなので、扱いは難しい。

日米原子力協定

 日本は特例的に核燃料サイクルを認められている唯一の非核保有国である。福島事故を受けて我が国の再処理・核燃料サイクル政策が今後どうなるのか、不透明さが増している。これはエネルギー政策にととまらず、政治外交問題にもなりうる。この扱いは規制委員会を超えて政府の責任になるが、特に、プルトニウム処理をめぐっては、場合によってはIAEAとの関係はもとより、アメリカ政府および米議会内との関係も生じうることとなり、日米原子力協定の維持の問題にも関係してくるので、慎重かつ賢明な対応が求められる。

日本の原子力政策の選択

 福島第一事故を経験した日本が、今後原子力利用をどう位置付けるか、反原発世論の高まりの中で、難しい対応に迫られている。エネルギー資源に恵まれない日本は、エネルギー安全保障、成長戦略(電力料金)、地球温暖化対策、原発輸出、技術力と人材の維持など、多面的に関連問題を検討してプロ・コンを判断していく必要がある。
 また、将来の世界の原発動向も視野に置いておくべきであろう。世界の原発を見渡せば、稼働中が426基、建設中が81基であるが、建設中原発の約6割がアジアである(最大は31基を建設中の中国)。福島原発事故の世界的影響について言えば、廃止への道筋を明らかにしたドイツなど、一部では減少傾向にあるものの、世界的には新興国を中心に原子力利用は継続的な拡大傾向にあり、世界全体が反原発、縮原発に動いている訳ではない。特に足下のアジアの新興国での建設が顕著である。中国はいずれアメリカに次ぎ世界第二位の原発大国になる。こうした日本周辺を含むアジア、さらに世界の原発動向も念頭に置いておく必要があろう。
 まず何よりも大事なのは、日本国民の原子力に対する信頼回復である。原発立地の地元に補助金を積み上げるだけでなく、国として、政府全体として、時間をかけて幅広い見地からしっかり議論して政策を練り上げていく必要がある。

(文責、在事務局)