国際政経懇話会

第306回国際政経懇話会メモ
「AI時代の国際政治」

平成30年9月12日(水)
グローバル・フォーラム
公益財団法人 日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会

 第306回国際政経懇話会は、軍学者の兵頭二十八氏を講師に迎え、「AI時代の国際政治」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日 時:平成30年9月12日(水)午前11時45分より午後1時45分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「AI時代の国際政治」
4.講 師:兵頭二十八 軍学者
5.出席者:22名
6.講話概要

(1)AIをめぐる米中ロのせめぎあい

 現在、AI分野では、米国が圧倒的に世界をリードしていて、中国が必死に追随せんと図っているところ。またロシアも、プーチン大統領が「ロボット同士の戦いを制する者が戦争の勝利者になる」と語るなど、無人システムと一体であるところのAIへの関心は強い。米国は、偵察監視衛星、戦略核ミサイル迎撃や水中兵器運用などと最先端AIを結合することにより、ロシア・中国の軍事技術をほぼ無害なレベルにまで突き放したい。トランプ大統領は、そのためには米空軍が宇宙分野の予算を掌握している現制度が大きな邪魔になると考え、「宇宙軍」を創設させようとしているのではないか。実は空軍の中枢には「飛行機は人が操縦するもの」との非合理的な嗜好が抜き難く、対議会のロビー陣容も分厚いために、本来なら無人機や宇宙兵器(広義の無人機)にもっと配分されるべき軍事予算が、いまや必要でもない超高性能有人戦闘攻撃機の開発や調達のために延々と浪費され続けるのを誰も停められないという困った構造がある。もしトランプ政権が空軍から宇宙軍を独立させれば、無人戦争手段の開発予算は空軍の支配下から、もぎ離される。つまり、あのマクナマラ国防長官とケネディ大統領にも為し得なかった空軍(有人機)予算の大粛清が実現するだろう。次に中国は、AIが、唯一、米軍に対抗しうる分野であると見定め、最優秀の人材をAI開発に集中している。というのも戦闘機エンジンや正規空母が象徴する在来型の兵器は「経験工学」の世界であって、いくら潤沢な資金があろうとも、過去の全時間、すなわち蓄積され継承されている微細なノウハウまでは贖うことができない。このため戦闘機や空母艦隊、潜水艦戦力等で米軍を凌駕する日は永遠に来ないと、理工系の素養がある中国共産党指導層は理解できている。他方、AIは経験工学ではない。一夜にして天才的なプログラマーが米国を圧倒するソフトウェアを発明してくれる可能性も期待してよい。教育済みの若い人材のマンパワーで米国に優る中国にとり、AI一点張りの投資指導が、すこぶる合理的なのである。さて中国共産党にとっての最大の脅威は外国軍ではなく自国民だ。そのため中国政府は、反体制運動を兆候のうちに摘み取るべく、全人民14億人弱のプライバシーのビッグデータ化を進めている。成長株の有望企業にこの全人民データへの自由なアクセスを許せば、中国経済の効率は最高速で高められる。しかし紙で保管される証票の裏付けがない「ペーパーレス・デジタル記号」にあまり依存し過ぎると、AIを悪用した敵国のサイバー工作(たとえば数億人分の中国人の詳細な捏造個人情報のデータ・セットをわざとハッキングさせる等)により、基礎とすべきビッグデータが不可逆的に「汚染」され得る。政治的もしくは経済的に、誰をどの程度信用してよいかが、誰にもわからなくなってしまえば、同姓の多い中国社会は大混乱に陥るだろう。「中国はAIで栄え、AIで滅びる」と予言できる所以である。ロシアは先進国中では最もAIへの投資が低調であるのは不気味である。彼らはむしろ他国のAIを破壊する手段の開発に注力しているのではないか。

(2)AI競争における「The Winner takes it all」の原理

 AIの世界では、例えば、日本と中国が共同開発を行うといったことは、語るべくして実行はされえない。なぜならAI競争では、初めに開発に成功した国や企業がその市場を独占できるからである。のみならず、他国を知的財産権によって拘束・支配できる可能性や、それが兵器や戦術面に実用されることで国家間の軍事バランスを崩す可能性すら生ずる。米国、中国、EU、ロシアは当然にそこまで察しているけれども、日本人はまだ理解できていない。トランプ政権は、「ロボット運転自動車」が近い将来に国内メーカーによって実現された暁には、それが軍用兵器にも適用可能な戦略的技術アドバンテージになる蓋然性があることから、もはや中国での「現地生産」などはもってのほかで、実車輸出の国家統制すらも検討しなくてはならなくなる、と見越しているのであろう。だから、米国企業が早めに中国国内での生産から手を引くように誘導すべく、漸増的に対中国の制裁関税を強化するのではないかと疑える。米国はこれまで、DARPAという国防総省内の先端技術開発助成機関によって、ITやAI系の数々の大発明を促してきた(たとえばパソコンのマウスやインターネット通信も、もとはDARPAの撒いた種)。経産省はこのDARPAの日本版をどうやったら創れるのか、悩んでいると聞く。DARPAの成功の鍵は「天下りの完全無視」ができていることにある。日本では、優れた製品製造で先行している中小企業やベンチャー部門が存在しても、それまでに天下りの受け入れ先になっていないのなら、官公署からの発注は行かない。これでは米国に追いすがることすら難しい。発注者たる官公署には「ダーウィニズムの眼利き」が必要だ。他社に先行して、消費者の評価の高い製品をリリースできている民間企業は、いかほど無名であり零細であっても、近未来における生存競争の勝利者に一番近いと考えるべきである。そこに発注することをためらってはならない。

(3)AIによる社会混乱とその対策

 AIは世界を安定させるか、あるいは混乱させるか、と問うたならば、答えは後者であろう。AI技術は、サイバー戦争やサイバー工作との親近性がきわめて高い。ある日とつぜん、複数の著名政治家がテレビの前で何かとんでもない声明を出す。その動画ビデオ・フッテージのすべてが、じつはAIによる無からの捏造(フェイク)かもしれないのだ。こうした混乱から社会を守る要諦は、「古い技法の温存」にある。たとえばGPS信号を敵国によって撹乱されてしまっても、古い方位磁石があれば、とりあえず概略のナビゲーションはできるだろう。同様、「現金」を追放しないでカード決済・スマホ決済等と併用させておいたなら、もし激甚災害によりコンビニ店頭のカード読み取り装置が使えなくなっても、人々は買い物を続けられる。AIがもたらす中期的な社会へのインパクトは「失業」だ。たとえばもし、ロボット運転自動車が普及すると、配車サービス業界は大発展する反面、自家用車の「私有」はほとんどの世帯にとって無用となるので、自動車産業が衰退するかもしれない。そうなった後の日本経済をどう回していけばよいのか、今から官・学・民で考えておく必要があるはずだ。他方で、AIが「原野山林での放任農業」を可能にする新植物のハイブリッドに成功すれば、事実上、日本人は「働かなくとも食える」ようになり、またAI制御の3Dプリンター建機によるコンクリート打設が洗練されることで、戸建ての住宅が数百万円で竣工するようになれば、「ベーシックインカム」すら夢物語ではなくなる。同じ現象が、前後して中国でも起きよう。9000万人が働かない日本社会、9億人が働かない中国社会の消費構造が、いったいどのようなものになるのか、今から考えておく必要もあるのだ。

(文責、在事務局)