国際政経懇話会

第314回国際政経懇話会メモ
「デジタル経済の行方」

令和元年6月10日(月)
グローバル・フォーラム
公益財団法人 日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会

 第314回国際政経懇話会は、岩下直行京都大学公共政策大学院教授を講師に迎え、「デジタル経済の行方」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日 時:令和元年6月10日(月)午前11時45分より午後1時45分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「デジタル経済の行方」
4.講 師:岩下 直行 京都大学公共政策大学院教授
5.出席者:16名
6.講話概要

(1)シリコンバレーからの挑戦者

 最近、「FinTech」という言葉が登場する機会が増えたが、これは、「Finance」(金融)と「Technology」(技術)の合成語で、金融サービスと情報技術を結びつけた様々な革新的な動きを指す。2014年には、米大手金融機関の頭取が“Silicon Valley is coming”という警句を発した。実際、シリコンバレーには様々なFinTech企業があるが、特にPayment(お金の決済をすること)とLending(お金を貸すこと)という銀行の2つのコア業務に、FinTech企業が参入してきた。例えば、前者については、PayPalという会社(1998年設立)が代表格だ。PayPalは、FinTech企業の中では最古参であり、既に世界202カ国、25通貨において、2憶3700万口座が利用されている。このPayPalが提供したのは、売り手と買い手を橋渡しして、決済代行するというサービスである。クレジットカード番号をPayPalにだけ教えれば、PayPalは売り手に対してお金を支払うという仕組みだ。伝統的な金融機関がシステムインフラの維持管理に膨大な費用を投じていたのに対し、PayPalは自身の経済圏を構築したという点で、コスト面で圧倒的に有利な立場に立った。また、後者については、Lending Clubという会社(2008年設立)が挙げられる。Lending Clubは、お金を貸したい人と借りたい人をマッチングするサービスで、借りたい人のクレジットランクによって金利が設定される。要するに、クレジットランクが高ければ安い金利が適用され、低ければ25%という高い金利が課される仕組みといえる。これも伝統的な金融機関が果たしてきた役割を奪う、典型的な「中抜き」(disintermediation)ビジネスであり、個人向け融資の分野では、銀行の強力なライバルになりつつある。

(2)レガシーな日本の金融IT

 「金融IT」とは、金融機関が使用する情報コンピューターシステムを指すが、日本の銀行は昔から、この情報システムを懸命に構築してきた。1980年代頃であれば、当時、最も進んでいたコンピューターシステムは銀行のオンラインシステムであったといえるが、最近では、どちらかというと銀行はITが遅れている分野になってしまった。これには様々な歴史的経緯がある。日本の金融ITは非常に堅牢で可用性が高い。要するにセキュリティと、絶対にダウンしてはいけないという考えのもとで設計されている。その結果、非常に柔軟性に乏しいシステムが構築されている。そのため、維持管理に膨大なコストがかかる。また、日本の銀行のシステムは、いわゆる、レガシーを引きずっている側面もある。これはもちろん、日本に限った問題ではなく、米国などを含む先進国にも同様のことが言える。ところが、日本の場合は特殊な事情があり、米国などよりもさらに遅れが出ているのだ。それはシステムの構造の違いによるものである。すなわち、日本の銀行の情報システムは、勘定系システムを中心に「密結合」しており、システムの一部の変更が全体に影響するため、変化への対応が遅れがちである。他方、米国の銀行の金融ITは、システム間の連動が少ない「疎結合」であり、システムの一部の変更が全体に影響しないので、変化への対応が比較的柔軟に可能なのだ。

(3)オープンAPIという考え方

 先述のとおり、日本の金融機関は、他の業界に先んじてIT化に取り組み、それをカチッと完成させた経緯がある。その結果、インターネットが普及した今日において、銀行のシステムだけが遅れるという状況が生じている。そこで誕生したのが「オープンイノベーション」という考え方である。これは、伝統的金融機関がFinTech企業などとの連携を通じて、技術進歩の成果を取り入れ、顧客視点からサービスを高度化するというものだ。そして、この「オープンイノベーション」を進めるうえで、もっとも重要なキーワードが「オープンAPI(Application Programming Interface)」という言葉である。「オープンAPI」とは、APIの公開により、システムの接続仕様を明らかにし、提携企業先からのアクセスを認めることである。例えば、金融機関のAPIが公開されると、顧客はサービス事業者のアプリなど使って、APIを介し、金融機関にアクセスできるようになる。これにより、ソーシャルメデイアやメッセージアプリから自分の口座残高を確認したり、振込したりといったことが可能になる。とは言え、銀行とFinTech企業が連携をし始めるには、課題ある。一つは、インターネットバンキングの利用率の問題である。ある調査によると、銀行口座の推定ネット化比率は、都市銀行で3割、地銀で1割、そして、第二地銀や信金になるともっと低いのが現状である。今後、いかにして、インターネットバンキングを使用するユーザーを増やすかが、重要な課題といえよう。もう1つの課題は、連携している銀行のサービスをFinTech企業経由で利用するためには、FinTech企業に対して、銀行にログインするためのIDとパスワードを教える必要があることだ。この行為は多くの人にとって、かなり心理的な抵抗があるといえる。ところが、最近は、例えばFacebookの認証を利用して、ウォールストリートジャーナルなどにログインすることも可能になっている。これは「OAuth認証」とよばれるもので、APIという技術によってオープンになった。また、今回、銀行法の改正によってAPI接続が「努力義務化」されたことも意義深い。銀行をはじめとするすべての預金取扱機関に努力義務化されたということは、少なくとも大手都市銀行や大手地銀は、それをやらざるを得ないのではないか。いずれにせよ、オープンイノベーションによって、今後、様々なビジネスが展開されることは必須であり、日本として、こうした流れに乗り遅れないことが肝要である。

(文責、在事務局)