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2025-10-25 09:33
(連載2)令和からみた『新・戦争論』再考: 多極時代における日本の外交・安全保障の羅針盤
高畑 洋平
日本国際フォーラム上席研究員・常務理事/慶応義塾大学SFC研究所上席所員/グローバル・フォーラム世話人事務局長
1.『新戦争論』の骨格と現代的意義
(1)『新戦争論』の登場と背景
『新・戦争論』は、冷戦終結後の国際秩序が「単極時代」へと移行するかに見えた時期に登場した。ソ連崩壊を経て米国一極支配の到来が予測されたものの、旧ユーゴスラヴィア紛争やルワンダ虐殺など惨禍は相次ぎ、国際社会は「冷戦後の平和」という幻想から早くも目を覚まさざるを得なかった。しばしば、「戦争は国際政治のあり方を変えた」と指摘されるが、伊藤は、国内政治では紛争が制度的手続きで処理されるのに対し、国際政治では軍事力によって処理され戦争へ転化することを指摘し、戦争は国際関係という社会現象の必然的帰結だと論じた。そしてその克服には国際関係の制度そのものの変革が不可欠だと説いた。
他方、社会現象としての戦争と「国際関係」「国際政治」の関係については、ある種、秩序転換を告げる構造現象を伴っていた点があることも強調しておきたい。例えば、古代ギリシアのペロポネソス戦争は都市国家体制を揺るがし、宗教戦争は近代主権国家体制を生み、二度の世界大戦は帝国主義秩序を解体し国際連合体制を成立させた。まさに戦争は「文明の秩序転換を告げる鏡」であることの証左である。そして、この発想は西洋の戦争観とも響き合う部分は多い。トゥキュディデスは戦争を権力秩序の転換として描き、クラウゼヴィッツは「戦争は政治の延長」と定義したことからも明らかである。
一方、戦争を秩序現象と捉える発想は、東洋思想にも共鳴する。『孫子』は「百戦百勝は善の善に非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり」と説き、戦争の本質を武力の消耗戦ではなく、情報・心理・外交を総合した「統治の技術」とした。また、武田信玄の「風林火山」や陽明学派の「兵は仁の器」といった言葉も、『孫子』の兵法書同様に戦を倫理と秩序の文脈に位置づける試みであった。
その意味において、今日の複雑化する現代紛争を総合的に理解するにあたって、我々は改めて戦争が国際政治とともに生まれることを念頭に置きつつ、これまでの東西の伝統を結び合わせ、クラウゼヴィッツ的命題に孫子の「情報・心理・統治」の視座なども加えた多角的かつ柔軟な視座を国民が養うことで、これからの日本が依拠すべき知的土壌を形成できるのではないか。
(2)日本外交への問いかけ
著者もかねてより、民間外交の立場から次なる日本外交のあるべき形を模索してきた。その原点には、湾岸戦争時に浴びた「カネは出すが血は流さない」という国際的非難、安保理常任理事国入りの挫折、イラク戦争への曖昧な関与といった、戦後日本の戦略的受動性への痛烈な反省がある。これらは、日本が「戦後レジーム」に安住し、主体的な国際秩序形成の構想力を欠いてきたことを示す象徴的な出来事であった。
従来の国際関係論は、主権国家・覇権・勢力均衡といった西洋的パラダイムを基軸としてきた。しかし、グローバルサウスの台頭と非西洋的秩序観の顕在化は、そうした「支配と均衡」の論理に限界を突きつけている。国際政治の実相は、力の投射よりも、関係性・共存性・調整性といった動的相互作用の中にこそ見出されつつある。ここに、対立する国家や価値の「間(あいだ)」に生まれる関係性、すなわち調整・共振・創発のダイナミズムを可視化することが、次なる日本外交の出発点になる。
すなわち、日本は典型的な「狭間国家」として、複数の大国と課題国家のあいだに立ち、時に翻弄されながらも、独自の外交的裁量を模索してきた。冷戦後の国際秩序において、ウクライナ、ジョージア、アルメニア、中央アジア、さらには中東やアフリカ諸国もまた、大国の対立の裂け目において主体的戦略を展開してきた「狭間国家」の典型である。米中覇権競合が激化し、ロシアや朝鮮半島という不安定な近隣を抱える日本もまた、今後、受動的に翻弄されるのか、それとも「間」を資源と化す主体へと転じるのかが問われている。
同書の意義は、こうした問いに通底している。同書が刊行された2007年当時、世界はまだ単極的秩序の余韻に浸っていた。しかしその後の国際環境は激変した。ウクライナ戦争は大国間戦争の復活であると同時に、サイバー戦・偽情報戦を含む「ハイブリッド戦」として展開し、イスラエルとハマスの衝突は非国家主体の暴力が秩序を根底から揺るがす現実を示した。ドローン、AI兵器、宇宙・サイバー領域をめぐる攻防は、戦争の概念を根底から再定義しつつある。
同時に、米国の内政不安、中国の台頭、グローバルサウスの戦略的自立――これらの動態が交錯することで、2007年当時では想像し得なかった多極的秩序が出現している。
この複雑な時代において、日本外交に問われているのは、単に「どの側に立つか」ではなく、いかに「間」を設計し、世界をつなぐ主体となるかである。それは、対立軸の裂け目において新たな関与の回路を作り出す「媒介的アクター」であり、国家間の断絶を緩和する「接続的秩序」の担い手にもなりえる。
(3)現代的課題
国際社会が多極的秩序へ移行するなか、日本は米国同盟を基軸としつつも、中国・ロシアとの関与を調整し、中央アジアや中東、欧州との連結を戦略的に設計する必要がある。その過程では、安全保障・エネルギー・経済・規範外交といった多層的課題が交錯し、単線的な「対米追随」や「対中抑止」では応じきれない。むしろ大国の狭間に位置するからこそ、相互依存と摩擦の両義性を活用し、秩序形成の主体となる余地がある。
しかし今日、日本は再び政治的基盤の脆弱さを露呈している。石破前政権の短命退陣劇は、海外メディアに「日本政治の慢性的な不安定さ」「戦略的継続性への疑念」と評された。戦後史において中曽根、小泉、安倍らの長期政権が例外的安定をもたらした一方で、短命政権の連鎖は国家戦略の持続性を阻んできた。いかに国内政治の安定と戦略形成能力を制度化するか――これこそが日本外交の最大の死角である。
その意味において、日本がこれから「世界をつなぐ主体」へとさらに昇華するには――それは短命政権という病理を克服し、戦略形成能力を制度化できるかにかかっている。そのためにも、今後高市新政権が、いかにして日本外交の選択肢を拡げるかが重要になる。(つづく)
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高畑 洋平 2025-10-24 09:28
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