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2025-10-27 09:39

(連載4)令和からみた『新・戦争論』再考: 多極時代における日本の外交・安全保障の羅針盤

高畑 洋平 日本国際フォーラム上席研究員・常務理事/慶応義塾大学SFC研究所上席所員/グローバル・フォーラム世話人事務局長
3.令和版「新戦争論」の要諦
(1)「強みと制約がある国家」としての日本の自覚
 令和の国際秩序における日本の位置を考察するにあたり、出発点となるのはその地政学的・戦略的特質である。冷戦期、日本は「経済大国」かつ「軍事的小国」として、日米安保体制の下で繁栄を享受した。しかし21世紀に入り、米国の相対的地位低下、中国の台頭、ロシアの復権、グローバルサウスの自立的行動が交錯するなか、日本はもはや「同盟一辺倒」だけでは国益を守り得ない局面に直面している。
 米国の孤立主義的傾向や「トランプ政権2.0」が示すように、日米同盟の堅牢性すら永続的に保証されたものではない。このような不確実性の時代において日本がとるべきは、自らの強みと制約がある国家としての自覚を、戦略的資産へと転換することである。
 戦後日本の制約――すなわち軍事的抑制、法的規範、経済的依存――は、一見すれば脆弱性の象徴である。しかしそれは同時に、「制度化された抑制」としての道義的信頼性を生み出してきた。日本が「間」を設計する国家とは、力によらず秩序を繋ぐ意思を持つ国家のことにほかならない。この視座こそ、令和日本外交の独自性を形成する一つの源流である。
(2)日米同盟と多国間外交の二重戦略
 では、今後日本はいかなる戦略を採用すべきか。その一つの解として、著者は既述の外交三本柱に加え、もう一つの視点――すなわち「同盟か自立か」という二項対立を超えた「接続外交(Connective Diplomacy)」ともいうべき構想を提起する。
 日米同盟は依然として日本外交・安全保障の基盤である。中国の軍事的台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発、ロシアによる現状変更の試みを抑止するうえで、米国との協力は不可欠である。しかし、同盟だけでは対処し得ない課題が存在する。気候変動、感染症、移民・難民、資源・食料安全保障といった「非伝統的安全保障課題」は、軍事的抑止の論理では解決できない。
 ゆえに日本は、同盟を基軸としつつも、BRICS、ASEAN、EU、アフリカ、中南米などの多層的ネットワークを重ね、「分断を媒介し、対立の狭間を橋渡しする外交国家」へと脱皮しなければならない。著者が考える「接続」とは、戦略である以前に倫理であり、他者と共に世界を設計する意思である。これこそ『続・新戦争論』が目指す、「戦争の条件を変える外交」の具体的展開である。
(3)ユーラシア外交・WPS・SDGsの接合
 この文脈において、日本外交の新たな戦略的資源として浮上しているのが、「ユーラシア外交」をはじめ、WPSやSDGsといった国際規範である。
 ユーラシア外交は、戦後日本において長らく空白とされてきたが、資源・インフラ・安全保障・文化の多元性を包含する戦略軸として再注目されている。ロシア、中国、中央アジア、中東欧を含むユーラシアは、まさに「世界の間」を象徴する地政空間である。
 一方、WPSやSDGsは、日本が非軍事的分野で主導的役割を果たし得る規範的装置である。WPSはジェンダーの視点を平和構築・災害対応・紛争予防に取り入れる包括的枠組みであり、「人間の安全保障」と自然に接合する。SDGsもまた、開発・環境・包摂を横断する舞台として、日本の国際的信頼を制度化する契機となる。
 重要なのは、これらを個別施策としてではなく、「接続の理念」のもとで統合的に構築することである。資源外交に持続可能性を組み込み、WPS推進を多国間協力と接合し、SDGsを外交の主流に位置づけることによって、日本は「人間中心の安全保障国家」としての地位を確立できる。ユーラシアとは地理ではなく、共存を制度化する思想である。
(4)令和版「新・戦争論」の要諦
 以上を総合すると、令和版「新・戦争論」の核心は、日本が「狭間国家」としての立場を戦略的資産へと転換し、日米同盟と接続外交を両輪としつつ、ユーラシア外交・WPS・SDGsを接合することで「能動的な秩序形成者」として振る舞う点にある。
 今日の戦争は、国家間対立、非国家主体の暴力、気候変動や感染症といった非軍事的危機が絡み合い、多層化している。その中で日本に求められるのは、「受動的な追随者」ではなく、「能動的な設計者」として秩序形成に寄与する姿勢である。
 少子高齢化や防衛力整備の限界といった制約は、むしろ非軍事的分野でのリーダーシップを正当化する資源となり得る。軍事力に依存せず、理念・制度・協調の力によって国際秩序を形づくること――これこそが令和版「新・戦争論」の中核命題である。
 冷戦期の樽俎折衝がやがて「日本外交の実務力」として評価されたように、今こそ再び、日本は時代の狭間にあって構想力を問われている。国際秩序が揺らぐ今日だからこそ、日本外交には「つなぐ力」「媒介する力」を通じて、新しい共存のビジョンを描く責務がある。短命政権の影に隠れた構想の萌芽を拾い上げ、次代の戦略へと昇華すること――それこそが、令和日本外交に課せられた歴史的使命である。(つづく)
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